貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく)(2)
「言わはった還俗(げんぞく)どすねんけど---」
貞妙尼(じょみょうに 25歳)も全裸のままふとんから出て、茶碗酒をすすった。
「おいしおすなあ。葷酒(くんしゅ)や魚、油ものまで禁じとぉるのんは、精がついたら、淫欲にはしる---いうことや、おもいます。
そやそや。みだらいう字ィは、ふつうはサンズイどすやろ。それが仏道では、わざわざ、女偏の「婬」いう字をつこうとりますんよ。聖欲はおんなだけあるもんやおへん」
投げるようにいって、また、すすった。
「還俗から、話がそれたよ」
銕三郎(てつさぶろう 28歳)が腕を肩にまわした。
すりよってきて、乳房を脇の下に押しつけた。
「銕(てつ)はんと、こないなってから、乳房が肥えたみたいどす」
「ややができたんではあるまいな」
「できてたら、どないしはります?」
「うむ。側室に---といいたいが、まだ、部屋住みだから、どう、思案したものか」
「月の障りが、おととい、終わったとこどす」
「おどかすなよ」
銕三郎の前へまわり、
「銕はんの精をいただいて、肌の艶(つや)がふえたみたいどす」
全裸の肌を、目の前にさらした。
久栄(ひさえ 21歳)は、ふとんの中でなにも身につけないことはあるが、床の外では、さすがに武家の妻らしく、下腹は覆っている。
(貞妙尼は、最初(はな)のときからこだわらなかった。亡夫の好みだったのであろうか)
(お竜(りょう 享年33歳)はどうであったかな。とっかかりは湯殿だったな。双方、裸だった。蚊帳の中で浴衣をつけていたような。こういうことって、相手まかせにしているから、覚えていないものだな)
【参照】2008年11月17日[宣雄の同僚・先手組頭] (8)
「たしかに---。町娘なら、白粉ののりがよくなったとよろこぶところだな」
手をのばし、乳首をもてあそぶ。
障子にうつる南天の影が消えかかっていた。
「こない、なんども、極楽へのぼるの、はじめてどす。こんなん、ほかのおなご衆も、そうなんやろか」
半分、正気がもどり、しみじみともらした。
「躰が熟(う)れる齢(とし)ごろになったのだよ」
「いいえ。銕はんのみちびきのせいどす」
還俗の話にもどった。
「1ヶ月前には、本山へいうとかな、あきまへんやろな。あとにきはる比丘尼はんの手あてもあることやし---」
「その気になったようだな。髪が伸びるのを待たなくてもいいから、町住まいはその日からそのままだ」
「住むところもなんとかせな---」
「ここには帰らないのか?」
「ご近所に、みっとものうおす」
「家は、なんとか考える」
貞妙尼は暗算し、
「いただいてたお布施が、本山にないしょで、10両(160万円)ほどたまってますよって、当座のお宝はなんとか---」
「近所の衆と顔をあわせないですみ、役宅からさほど遠くないところというと---」
【参照】[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) (1) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
【参照】2009年10月12日[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
お断り】あくまでも架空の色模様で、貞妙尼も実在の誠心院、泉涌寺および同派の寺院もかかわりがないことをお含みの上、お楽しみのほどを。
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コメント
貞妙尼さん、還俗するんですか。
(げんぞく)と濁っているので、辞書をたしかめたら、やっぱり、そうでした。
私は尼になって還俗することはないですが、日本語はきちんと発音したいですから、しい勉強になりました。
投稿: tsuuko | 2009.10.20 05:55
真言宗は、空海さん(弘法大師)さんがおおこしになった宗派ですが、そのなかでも泉涌派は門跡なんですね。
泉涌派のことをいろいろ調べていて、時間をとられました。
貞妙尼は、帰俗させないとおさまりがつかないでしょう。
投稿: ちゅうすけ | 2009.10.20 13:37