貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく)(4)
「愛(いと)しい娘(こ)・お乃舞(のぶ 14歳)とは、その後、うまくやっているか?」
銕三郎(てつさぶろう 28歳)としては、おんな同士の出事(でごと 性愛)のことを、冗談めかして訊いたつもりであったのに、お勝(かつ 32歳)は、そうはとらなかった。
【参照】2009年9月24日~[お勝の恋人] (1) (2) (3)
「お店でも、甘えてくるので、ほかの弟子2人が焼餅で、ちょっと困っているんですよ」
「それは、よくないな。床の中で、きちんと躾(しつけ)るんだな」(歌麿『寛政3美人』 お勝のイメージ)
甘えられる大人ができて、おもいっきり、そうしているので、無碍(むげ)に叱るのはかわいそうなんだという。
7年前の3人目のお産が難産で、母親とともに嬰児](えいじ)も死んでしまった。
やってきた継母が、自分の子ができると、お乃舞と妹を邪魔ものとしてあつかうようになったのだという。
父親も継女房にかまけ、姉妹の生母をしだいに忘れていく様子も悲しい。
「情に飢えていたのと、父親と継母との痴態にやりきれなくなっていたんです」
「よくある話だな」
「で、お乃舞と妹をここへ引きとり、いっしょに暮らそうかと---」
「妹というのは、幾つなのだ?」
「3つ下だから11歳ですか」
「いっしょに住んでいて、お勝たちの睦みごとが隠せるのか?」
「妹のほうは、まだねんねですから---」
(「十三と十六はただの年でなし」と、姉妹をもっている儒塾の悪友から聞いたぞ、といいかけ、やめた。
お勝もおんなだからこころえていよう)
【ちゅうすけ注】「十三と十六はただの年でなし」は、銕三郎の時代の古川柳で、数えの13歳で月のものが始まり、16歳で芝生が生えてくる---を詠んでいる。
「家のことをやるのは、馴れているようですから、弟子をやめさせて---」
それで、お勝のほうから、銕三郎に相談があったところだと言った。
奉行所のだれかに、わからず屋の父親らしいとの話しあいに立ちあってもらえないかと---。
「浦部という与力に頼んでみよう。小者が打ち合わせに〔延吉屋〕へ行ってもいいのか?」
「近くのうどん屋でなら話せます」
引きうけて、銕三郎が切り出した。
「日に2分(8万円)は稼ぐとのことであったが---」
「お宝ですか? 幾らお入り用ですか?」
「いや。いますぐではない。頼んだ時のことだが---」
「おなごですか、お相手は?」
「おんなでは、嫌か?」
「嫌とは申しませんが、どんなおなご衆かと---」
「齢は、25歳」
「そんなときもありいました」
「名は、貞妙尼(じょみょうに)---」
「え? いま、なんと?」
「じょみょうに---」
「に---って、比丘尼(びくに)さまの、に---ですか?」
「そうだ」
「その比丘尼さまがお堂でもお建てになるから、銕さまが、壇越(だんえつ)にでも?」
「そうではない。還俗(げんぞく)をすすめている」
そうなってしまった経緯(いきさつ)をかいつまんで話した。
【参照】2009年10月12日[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))] (2) (3) (4)
貞妙尼のほうから誘ったということで、お勝は納得した。
「わたしだって、お竜(りょう 享年33歳)お姉さんだって、銕さまには、ころりといってしまったのですから、その比丘尼さんも、そうだったのでしょう」
そう言ってから、
「お宝はなんのために?」
「自活させなければならない。とりあえずは、寺をでて住むところを借りなければならない」
しばらく考えていたお勝が、
「わたし、この家をでます。さいわい、これまで稼いだものが10両(160万)ほど、お吉(きち 37歳)姉さんに預けてありますから---お竜お姉さんがのこしてくれた12両(192万円)も手つかずです。これを銕さまへさしあげます」
「お竜の遺産金(かたみがね)なら、拙も20両(320万円)もらっていた」
【参照】2009年8月22日[〔左阿弥(さあみ)〕の角兵衛] (1)
【参照】[貞妙尼(じょみょうに)の還俗(げんぞく) (1) (2) (3) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
【参照】2009年10月12日[誠心院(じょうしんいん)の貞妙尼(じょみょうに))] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
【お断り】あくまでも架空の色模様で、貞妙尼も実在の誠心院、泉涌寺および同派の寺院もかかわりがないことをお含みの上、お楽しみのほどを。
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