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2012.03.15

愛馬・月魄(つきしろ)の妄想(2)

問いかけた当人でもないのに思いあたるふしでもあったか、奈保(なほ 23歳)の面にみるみる朱がさした。
それをみとめた夫の多岐(たき)安長元簡 (もとやす  32歳)が狼狽ぎみに、
「うーむ」

奈々。そのことは、宴が果ててから先生にじっくりお教えをうけるとよい」
平蔵(へいぞう 41歳)がたしなめると、奈々(なな 19歳)はあっさり、
「そやね」
首をすくめ、空(から)になった銚子をもつと帳場へ去った。

雰囲気を察した音羽(おとわ)一帯の香具師(やし)の元締・重右衛門(じゅうえもん 59歳)が、話題を元へ戻す。
「佐久間町の先生。先刻お口になさりかけた、『(ごう)、もっと剛(つよ)』の刷り増しに代わるもののおこころあたりでございますが、いかような---?」

「廻り貸本の衆としても本の損料だけでは動きますまい。やはり、あとを引く売り薬の利が目当てでしょう。それには、病人を多くつくることです」
「病人をつくる---?」

「人というものは財ができると陽よりも陰(いん)の兆(きざ)しというか、不幸のタネをさがす生き物です。達者そうにみえても躰にこんな不具合がありそう---そう、たとえば、膝が痛むことはないか、寝つきはいいか、心の臓がときたま早く打つことはないか、肌の色が冴えないといわれたことはないか、便は毎日あるかと訊かれると、二つや三つはたちまちおもいあたるものです。そういう不具合を教えてそれにそなえる薬を教える本があれば、一家に1冊そなえ、無理にゆとりをつくって薬を求めましょう」

「しかし、薬を卸す先生のほうは、いつ売れるかも知れない薬を大量に用意しておくことになりかねないが---」
平蔵が心配した。

「いえ、医学館で用意する薬はいくつかだけで、これは塾生の小遣いかせぎにつくらせます。ほとんどの薬は貸し本屋と地元の薬舗との話しあいにすればよろしい。本が医学館の編集ということだと薬舗仲間からは文句はでないはずです」

「おお、そのための躋寿館(せいじゅかん)あらため医学館でもありましたか」
権七(ごんしち 54歳)の感心した口ぶりにおっかぶせて平蔵が、
先生。躋寿館(せいじゅかん)が幕府の医学館と改まったこと、なにかの美談にことよせて紋次(もんじ 43歳)どんのところの[かわら板]にお披露目させないとな」

「さすがさん。いいところへ気がおつきになった。父(元悳(もとのり))法眼は、塾名改称の祝賀の宴を考えております。その席で名医か良医を褒賞することを提案してみましょう」

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