将軍・家治の体調(5)
「---して、音を発する仕掛けとは?」
意次(おきつぐ 68歳)が興味津々といった眼つきで身をのりだした。
「暴徒は無粋な怒声です。こちらは澄んだ鈴の音(ね)をと、鎖帷子(くさりかたびら)の左腕に20ヶぼかりの鈴をつけます。その上に帷子を着(ちゃく)しますから、暴徒にはどこから妙音が発しているかは、しばらくはわかりませぬ」
「うむ、うむ。群集もきょとんと考えこむというわけだな。銕三郎(てつさぶろう)変じて羽柴筑前(守)となるの図だな」
「恐れ入ります。あれもこれも、 昨年、先手のお頭・横田(源太郎松房 よしふさ 45歳=当時 2000石)さまと徒(かち)の1の組頭・石谷(いしがや 市右衛門清茂 きよしげ 48歳=当時 700石)どのに組頭の年齢をお訊きになりました。そのときから暴徒・一揆への備え方を、及ばずながら愚考しはじめました」
【参照】2011年9月10日~[老中・田沼主殿頭意次の憂慮} (1) (2) (3) (4)
佐野豊前守政親(まさちか 55歳 1100石)は、みごとに成長した弟分の平蔵(へいぞう 41歳)の、そのときの指揮ぶりを想像し、眼をほそめていた。
「いま、〔大和屋〕仁兵衛(にへえ 56歳)に鈴の大きさとその音の響き加減を調べさせております。半月後には整いましょう」
「仕置(政治)にかかわる身でこういうことをいうのは不謹慎のそしりはまぬがれまいが、そのときの銕三郎の組の者たちの暴徒の処しぶりが眼にみえるようじゃ。ふ、ふふふふ」
「もう一つの秘策も樹てておりますが、秘中の秘ということで、言明はお許しのほどを---」
「楽しみにしておるぞ」
佳慈(かじ 36歳)と奈々(なな 19歳)が召遣いをしたがえて茶菓を運んできた。
「平戸の松浦(まつら)さまからとどきましたカスドースと申すお茶受けでございます」
ポルトガルわたりの秘菓子であるという。
出府のあいさつとして老中などへ配るための郷里自慢のものだが、日保ちが永くはないので、器具とともに菓子職人を伴ってき、江戸でつくらせたものらしい。
名前のカスは、生地がカステラゆえ、ドーラはポトガル語で「甘い」という言葉だそうな。
つまり、ひと口サイズにきったカステラ生地を卵黄にとおし、熱した糖蜜にくぐらせ、さらに砂糖をまぶしたごく甘いものだが、濃茶にあった。
「平戸藩は250年前から鎖国が令されるまでのあいだに世界をとりこんだ」
意次がつぶやくようにいった。
「新異なものと出会うことで、人は飛ぶのだが---」
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