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2005.07.05

〔市野(いちの)〕の馬七

『鬼平犯科帳』文庫巻14に収録されている諸篇の中で、読み手が強い衝撃を受け、いつまでも記憶にのこしつづけているのが、密偵・伊三次(37歳)が、梅雨の雨が降りしきる摩利支天横丁で刺される、この[五月雨]である。
(参照: 伊三次の項)
兇刃をふるったのは、かつては仲間だった越後生まれの〔強矢(すねや)〕の伊佐蔵(37,8歳)。〔市野(いちの)〕の馬七と骨休めに江戸へき、下谷の提灯店で遊んだときに、伊三次との切れていた糸がつながった。
(参照: 〔強矢〕の伊佐蔵の項)

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年齢・容姿:中年。
生国:遠江(とおとうみ)国長上郡(ながかみごうり)市野村(現・静岡県浜松市市野町)
「市野」という地名は、市が開かれる野という説もあるから、日本中のいたるところに点在した。〔強矢(すねや)〕の伊佐蔵は越後国蒲原郡(かんばらごおり)暮坪(くれつぼ)の出身ということで、地縁をかんがえ、南魚沼(みなみさかな)郡大和町の甲・乙・丙がうしろにつく市野江も候補にあげてみたが、馬七は〔ひとりばたらき〕とあり、1,2度の盗めのつながりかと推理、浜松市の天竜川の安間川の上流右岸の市野を採った。

探索の端緒:。〔強矢(すねや)〕の伊佐蔵と〔市野(いちの)〕の馬七が、五条天神裏の提灯店の〔みよしや〕で遊んだことを、なじみのおよねが伊三次へ告げたことから、〔大滝〕の五郎蔵が張り込んだ。
(参照: 〔大滝〕の五郎蔵の項)

結末:伊佐蔵と馬七があらわれたとき、店主・卯兵衛が顔色を変えたため、罠に気づいた2人は逃げたが、五郎蔵と鬼平によって捕縛された。死罪は間違いない。

つぶやき:〔みよしや〕のような私娼の店のある下谷2丁目が「提灯店(ちょうちんだな)」とよばれているのは「生池院店(しょうちいんだな)」がなまったもので、かつての生池院の跡だから。

この篇は、ストーリーの展開より、死の床にある伊三次の鬼平のこころの通いあいに注目しよう。
伊三次が、10年前に伊佐蔵の女房おうのを寝取って逃げたあと、殺してしまったことを告白すると、

「長谷川平蔵、たしかに、聞きとどけた。なれど忘れるなよ」
「へ---?」
「お前は、わしの子分だということを、な---」

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コメント

圧倒されるブログを前に、まずはご挨拶だけでもと思いコメントをと。 『鬼平』の盗賊の異名については深く考えたこともなかったですが、言われてみるとなるほど面白い着目。  で、この記事でいきなり「伊三次」の名を目にし、あぁ、惜しい人を亡くしたなぁ、なんて思ってしまいました。 "〔朝熊(あさくま)〕の"がついていたことなど、まるで覚えていないのに。
また段ボール箱にしまった池波本を取り出してみようと思います。(^_^)  盗賊が登場したら、こちらを参照するというもう一つの楽しみを加えて。

投稿: コタツ | 2005.07.05 17:53

>コタツさん

ようこそ、いらっしゃいました。

当ブログは、『鬼平犯科帳』は、長谷川平蔵を中心とする火盗改メ集団(先手弓の第2組)と盗賊集団との、組織と組織のチエ比べと観じ、盗賊集団が強ければそれだけテンションも高まる---と、盗人にライトをあてています。

しかし、真意は、盗人に冠されている「通り名(呼び名)」が意味する土地を明らかにすることにより、池波さんがどの土地にどんな関心を持っていたか、を解明しようとしています。

たとえば、静岡県は徳川家康でしょうし、山梨・長野県は武田信玄と真田家、新潟・冨山は上杉謙信とご自身の祖先(井波町)、愛知・岐阜は織田信長と木下藤吉郎、斉藤道三、近江は甲賀忍者と浅井家、三重は伊賀の取材で訪れた土地ともみています。

ほかに、大石蔵之助や堀部安兵衛、荒木又右衛門の取材で訪れた土地も使われていましょう。

盗人の「呼び名」リサーチで、池波小説がより深められるのではないかとかんがえていますが、いかがでしょう?

幸いなことに、ブログは、記事内リンクがはれますから、当初はアトランダムに生国が判明した盗人から取り上げていっても、リンクで関連づけることができ、これまでのブログの考え方では思いもよらなかった、過去の記事をよみがえらせることもできます。

どうぞ、ごいっしょに深みにおはまりください。

投稿: ちゅうすけ | 2005.07.06 03:39

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