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2005.09.13

〔苅野(かりの)〕の九平

『鬼平犯科帳』文庫巻16に収められている[網虫のお吉]で、お吉(35歳だが25,6にしか見えない)が引退を願い出たのをこころよく許したばかりか、25両もの見舞い金をわたした話のわかるお頭。
女密偵おまさも、かつて〔苅野(かりの)〕の九平のお盗めを2度ばかり手伝ったことがあり、そのとき、〔網虫(あみむし〕)のお吉と知りあった。
(参照: 女密偵おまさの項)
(参照: 〔網虫〕のお吉の項)

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年齢・容姿:60に近い。容姿の記述はない。
生国:相模(さがみ)国足柄郡(あしがらこうり)苅野村(現・神奈川県南足柄市苅野)。
お盗めのとき、殺傷はできるだけ避けているが、盗め先が江戸から名古屋、上方と東西におよんでいるのは、相模の生まれだからとみる。

探索の発端:小柳安五郎(33歳)は、亡妻の実家からの帰り、神田川ぞいの船宿〔井ノ口屋〕から出てきた2人連れに見おぼえがあった。男のほうは同僚・黒沢勝之助(40歳)。女は〔網虫〕のお吉で、3年前に取り逃がした女賊である。
3年前、おまさが浅草寺の境内でお吉を見かけ、木挽町4丁目の旅籠〔梅屋〕に宿泊していることまでつきとめたが、網を大きく張って〔苅野〕一味を一網打尽に---と手くばりしているあいだに、お吉にまんまと逃げられた。小柳同心はそのときに、お吉の顔を記憶したのだった。
2人は、不忍池のほとりの出合茶屋〔月むら〕へ消えた。

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不忍池・中島弁財天社(『江戸名所図会』より 塗り絵師:ちゅうすけ)

いまお吉は、盗みの世界から足を洗い、琴師・歌村清三郎(52歳)の後妻におさまって女としての幸せをつかんでいた。その弱みにつけこんだ黒沢同心は、口止め料50両をまきあげたうえ、お吉の裸躰をいたぶりつつ〔苅野〕の九平の居所を吐かせようとしていた。

結末:黒沢同心は役宅で切腹させられた。
お吉は、品川宿で旅支度をととのえて、いずこかへ消えた。
火盗改メは、またも、〔苅野〕の九平の消息をつかみそこねた。

つぶ゜やき:この篇は、黒沢同心の汚れた功名心が主題てはあるが、女賊時代におまさが助(す)けたお頭のうちの1人がスケッチされているのがなによりうれしい。

ついでながら---。
琴師・歌村清三郎を少年のころから仕込んだ京・の名人・歌村七郎右衛門のモデルは、京師の商店名鑑『商人買物独案内』(文政12年刊 1829)に載っている、建仁寺四条下ルの御琴三味線所・歌村卯之助であろう。
『江戸買物独案内』の成功にならって、5年遅れで刊行されたもの。

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