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2005.12.05

〔薬師(やくし)〕の半平

『鬼平犯科帳』文庫巻7に所載[隠居金七百両]で、大盗賊の首領〔白峰(しらみね)〕の太四郎(72歳)は、体調をくずした配下の〔堀切(ほりきり)〕の次郎助(58歳)の引退願いを許すとともに、30年もよく勤めてくれた退職金代わりに雑司ケ谷の鬼子母神・参道の茶店〔笹や〕の権利を買ってやり、その見返りに自分の隠居金700両を秘匿するように命じた。4年前のことだった。
(参照: 〔白峰〕の太四郎の項 )
(参照: 〔堀切〕の次郎助の項)
そして去年、700両を京都から無事に持ちくだってきたのが、配下の〔薬師(やくし)〕の半平であった。そのとき半平はこういった。
「次郎助どん。お頭は、来年の夏ごろに最後のお盗めをなすって、足を洗い、江戸へ来なさるつもりだ。そのつもりで、お頭の住家のことも、気にかけていてくれ。おれも、そのときは、お頭といっしょに足を洗うつもりでいるがね」

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年齢・容姿:中年としか書かれていない。足を洗うにはいささか早すぎる気もしないではないが、44,5歳か。
生国:「薬師」という地名は、それこそ全国にちらばっている。しかし、上方がテリトリーの〔白峰〕の太四郎との地縁、池波さんの取材の足跡をかんがえると、もっとも近いのが近江(おうみ)国蒲生郡(がもうこおり)薬師村(現・滋賀県蒲生郡竜王町薬師)であろう。
ほかに、越前国大野郡薬師神谷村(現・福井県吉田郡松岡町薬師)や、遠江(とおとうみ)国長上郡(ながかみこおり)薬師村(現・静岡県浜松市薬師)もすてがたいが。

探索の発端:〔薬師〕の半平は探索のまったく埒外である。
鬼平の嫡男・辰蔵が、昨秋のお会式(日蓮上人の命日を記念した儀式)に行き、次郎助のむすめ・お順に岡惚れしてしまった。
399b
雑司が谷御会式(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)

が、たまたま、隠居金目あての〔奈良山〕の与市が彼女をかどわかした現場を目撃し、鬼平とともに捕縛したために、〔白峰〕一味のことが知れた。
(参照:〔奈良山〕の与市の項)

結末:火盗改メから京都の町奉行へ連絡が行ったときには、京・下寺町に潜んでいた〔白峰〕の太四郎も妾おせいも逃亡したあとだった。むろん、〔薬師〕の半平も逃げおうせていたろう。

つぶやき:隠居金が次郎助のもとへ運ばれたことを〔奈良山〕の与市へ洩らしたのは、太四郎の妾おせいである。与市はおせいの実兄だった。
72歳にもなって27,8歳の妾をもてば、欲求不満で裏切ることぐらい、経験豊富な太四郎ならわかっていそうなもの。
いや、池波さんは、年齢不相応な女性との関係をいましめたのかもしれない。あるいは、女性の縁者には気をつけろ、といいたかったか。 与市が性質(たち)の悪い男であることはわかっていても、おせいを手離せなかった太四郎の優柔不断ぶりをたしなめたかったか。

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