超ロングセラー、一つの条件
ミリオン・セラーという。大ヒットして100万部以上も売れた本やレコードのことだ。ひとくちに100万というが、書籍では3年に1冊でるかどうかだ。
文庫が2000万部以上売れているシリーズを二つ知っている。司馬遼太郎さん『竜馬が行く』全8巻と、池波正太郎さん『鬼平犯科帳』全24巻。
後者は第1巻だけでも累計で150万部以上刷られている。
しかも、池波さんの生前にほぼ50万部、作家が逝ってから100万部、増刷頻度も早くなった。
池波さんの没後も鬼平ファンは着実に広がっているということだ。
朝日カルチャーセンターほかの「鬼平」教室で講じているが、土曜日午後のクラスには年配者にまじって、若い女性の受講者が目立つ。
鬼平ファンは新陳代謝の時期に入っているようだ。
年配の受講者には、『鬼平犯科帳』は雑誌に連載中から愛読していて、鬼平のことならすべてに通じていると自負している人もいる。
そういう人に、『老盗の夢』で簑火の喜之助が京都の一乗寺村で出会った山端(やまはな)の茶汲み大女・おとよの茶屋は、『都名所図会(ずえ)』に絵が載っていて、実際にあった店だね…というと、目をパチクリ。
山端(やまはな)(『都名所図会』より)
山端の麦飯茶屋(上の絵の部分拡大)
67歳の隠居老盗に勃然(ぼつぜん)たるきざし……つまりバイアグラ並みの効果をもたらした大女の巨乳は思いだしても、池波さんの創作の手の内までは推察していなかった。
鬼平は小説に登場後は、奥方専一主義をつらぬいている。
フランスのメグレ警視が鬼平のその主義のモデルだ。
ひろく女性読者を獲得してミリオン・ロングセラーになるには、細君のほかには目もくれない主人公でないといけなくなってきている。
『愛の流刑地』や『失楽園』はいっときはベストセラーになるかもしれないが……。なんだ、つまらない---などといわない。
史実の長谷川平蔵が奥方専一主義を守ったかどうかは記録にない。
とはいえ、平蔵まで八代におよぶ長谷川家の当主で正妻の腹から生まれたのは一人だけだ。むろん平蔵ではなく、辰蔵である。
鬼平の母親は、行儀見習いにきていた巣鴨村の大百姓・三沢家の次女ということになっており、冷や飯者の宣雄が手をつけた。
ところが、平蔵夫人……久栄(小説での名)さんはえらい。長谷川家の悪習を断ち切り、平蔵にも長男・辰蔵にも脇腹に子を生ませなかった。
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