与詩(よし)を迎えに(28)
臥(ふ)す前に、阿記(あき)が訊いた。
『青眉でよろしいのですか? 4夜前の阿記のほうがいいとおっしゃるのなら、眉を引きますが---」
「いや。そのままでいい。新しい所へ一歩踏みだした阿記なんだから」
「着衣のままにします? それとも---」
「なんと--?」
(歌麿『歌まくら』[後家の睦]部分)
(銕三郎(てつさぶろう)に、いつもお芙沙(ふさ)を想ったときに描いてきた歌麿が浮かんだかどうかは、筆者の知るところではない。銕三郎がそんな歌麿をこれまで連想していたことすら、阿記は気づいてもいないだろう。
この絵は、今後は、平蔵宣以(のぶため)が死の渕へ行く32年後まで、その脳裏からは消え去ったと、筆者は断定している)
「嫁入りのときに、父が持たしてくれた枕絵のおんなが、ほとんど着衣でしたから---」
「あれは、見る男の気をそそるためであろう。寝着(ねぎ)のままのほうが素直だろう」
「枕絵、銕さまも、ご覧になるのですか?」
「塾の悪(わる)たちが隠し持ってきてな」
銕三郎の言葉づかいがぞんざいにに変わってきているのも、阿記には、へだたりがより縮まってきているように感じられる。
(国貞『正写相生源氏』部分)
余韻が退(ひ)いてい.くのを惜しむように足を組んでいる阿記が、独り言のように、ひっそりとつぶやくむ。
---むすめだったころ、よく、うちの湯舟に、昼間、躰中の力を抜いて裸身をうかべていたんです、。髪が藻のようにひろがって揺れるのを楽しんでいると、後ろから男の人が抱きすくめにくる---そんな空想を、よくしたものです。いいえ、男の人の顔を見たことはありません---
(栄泉『玉の茎』部分)
---いま、ちょうど、阿記の躰が、17歳のころに戻って、湯舟に浮いているような感覚です。その上、阿記の裸のお尻が、銕さまのお腹に触れていて、こころが落ち着いています。ほら、心(しん)の臓の鼓動も---
銕三郎の手をとって左の乳房の下へあてがい、
「ね、ゆっくりでしょ?」
寝着をまくりあげた後ろ身を銕三郎の脇腹に押しつけ、
「2人とも水の中---沈みましょ、どこまでも---」
「髪がくずれているよ」
「いいんです。明日はゆっくりなんですから、髪結いを呼べば---」
くるりと正面し、乳房を銕三郎におしつける。
腕がからんだ。
一と息入れていると、銕三郎が、
「権七(ごんしち)の口をふさぐ妙案を考えついた」
「そんなお話は明日の朝。---いまは、もう一度、いっしょに、沈むんですから」
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