〔お勝(かつ)〕というおんな
5の日だと、銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、雑司ヶ谷の鬼子母神の一ノ鳥居の手前から左におれて、料理茶屋〔橘屋〕の離れへ直行する。
4棟ある手前から2つ目の離れが、仲居・お仲(なか 34歳)が宿直(とのい)にことよせて、銕三郎を待っている棟である。
しかし、今宵は、お仲と睦むのが目的ではないから、3人の仲居の寄宿先となっている、農家を改造した仕舞(しも)うた家に、仲居頭(なかいがしら)のお栄(えい 36歳)を訪れた。
【参照】 〔橘屋〕の仲居たちの寮と宿直
閉まっている表戸を敲くと、寝着になっていたお仲(なか 34歳)がしんばり棒をはずし、大仰な声で、
「あなた。なにかあったのですか?」
「驚かせてすまぬ。お栄どのにちと訊きたいことがあって---」
「お栄さん---」
お仲が呼ぶと、いちばん奥の部屋から、これも寝支度をしていたお栄がでてきたが、銕三郎を認めると、あわてて部屋へとってかえし、寝着のうえに半纏(はんてん)をひっかけ、
「どういたされました---?」
「お勝のことで、たしかめたいことがありまして---。夜分、失礼とはおもいましたが---」
お栄は、銕三郎を自分の部屋へとおし、敷かれていた布団を二つにおって席をつくった。
「お仲さん。お茶の用意をお願いします」
「いや、お茶はご無用に---」
「では、お冷やでも---」
お栄は、寝酒にしている徳利から、湯のみへ注いで、お仲にもすすめた。
話し声をききつけたお雪(ゆき 23歳)も、酒がでているのを目にすると、自室から茶碗持参で、ものずきにもすわりこんだ。
お雪も寝着に袖なしの甚平(じんべ)をひっかけているだけである。膝をくずして横すわりだから、乳房のふくらみも太ももの内側もまる見えである。いや、わざとそうしているらしい。
お仲がやきもきしているが、銕三郎は、それどころではない。
「〔橘屋〕を辞めていったお勝(かつ 26歳=当時)ですが、それからどこへ行ったか、あてはありませぬか?」
「こういう、仲居しごとをいちど覚えてしまうと、堅気(かたぎ)づとめはできないとおもいますよ。〔橘屋〕ではたらいていたといえば、どこだって喜んで使うでしょうし---」
お栄が全部言いおわらないうちに、お雪が口をはさんだ。
「そういえばお栄姉(ねえ)さん。いちど、上野の池之端の出合茶屋の話をしていたことがありましたでしょう?」
「出会茶屋? お勝は、おんな男のおんな役で、男には抱かれなかったのでは---?」
「出合茶屋へあがったからといって、男とおんなでなければならないことはありませんでしょう? 男同士だって、おんな同士だって、爺さんとわかいむすめとの組み合わせだって、おあしさえ払えば、あげてくれますでしょ」
お雪は、なんでもはっきり言う。
「なるほど。拙は、あがったことがないので---」
「あら。あたしも、まだ---」
「お雪さん---!」
「はい。はしたないことを申しました。ごめんなさいませ。うふ、ふふふ」
「その出合茶屋の店名をもらしていませぬでしたか?」
「松風とか、松葉屋とか、なんでも、松の字がついていたような---」
これは、お栄である。
「お勝は、生まれは甲州の八代郡(やつしろこおり)と言っていませぬでしたか?」
「それは、決めるときに聞いております。甲府から駿府へ抜けるもっとも短い、中道ぞいの中畑(なかばた)とか、(なかばたけ)とか---」
「おお」
「それがなにか---?」
「いや。捜している者と同郷でして---」
「お竜(りょう 29歳)さん」
お仲がつぶやいた。
「おりょう---って?」
「お勝の情人(いろ)です」
「あら。そういう相手がいるのに、お栄姉さんを口説いたのですか。まあ、いけすかない」
「お雪さん!」
「はい」
「長谷川さま。もう遅いから、今夜はお泊りになりますか? それでしたら、離れを用意いたしますが---」
お栄が気をきせた。
お仲は、赤くなってもじもじしている。
「何刻(なんどき)でしょう?」
「そろそろ、四ッ(午後10時)かと---」
四ッには、江戸の街々の木戸が閉まる。
「では、ご厄介になろうかな」
「長谷川さま。たまには、お相手をお替えになって、お雪の部屋はいかが?」
「お雪さんッ」
これは、お栄ではなく、お仲であった。
お雪は、赤い舌をだして、肩をすくめただけで、笑っていた。
「はいはい。お雪は、かわいそうに、今夜も独り寝でございます」
立った拍子に、胸元がゆるんで、かわいい乳房がこぼれた。
男には吸わせても、赤子には吸われたことがない、あざやかな赤みをした小さな乳首であった。
銕三郎は、見るともなく見てしまい、久栄(ひさえ 16歳)の乳首を想像していた。
離れに落ちつくと、お仲が、
「お雪さんが、いちどでいいから、こんなふうに寝てみたいと、言うんですよ」
絵をさしだした。
姉妹の蚊帳へ忍んできた男が、姉と睦んでいるのに、妹は気づきもしないで眠りこけている図あであった。
(重信『柳の風』 イメージ)
「お雪どのが妹役をたのしむわけか?」
「はい」
「悪趣味にもほどがある。仮にも拙は、将軍家の武士だぞ」
「そのように伝えておきますう。うふ、ふふふ」
「は、ははは。忠兵衛どのも、たいへんなおんなどもをお使いだ」
忠兵衛(ちゅうべえ 50がらみ)は、料理茶屋〔橘屋〕の主人である。
銕三郎の父・平蔵宣雄(のぶお 50歳 先手・弓の8番手の組頭)と古くから親しい。
「わたしののぞみは、これです」
(栄泉『春の淡雪』[墨田川] イメージ)
「真っ昼間にか?」
「はい。こんどの宿さがり日に、いけませぬか」
「隅田川で、人目につかぬところがあるか?」
「人目につくから、よけいに高ぶるのではありませんか」
「おんなという生き物は---」
(おんな同士だと、こうもあけすけに話しあっているのか)
「それより、お絹(きぬ 13歳)がうすうす、このことに気づいているようだ」
【参照】2008年7月17日~[明和4年(1767)の銕三郎] (1)
「かまいません」
「そうはいくまい」
「いまは、そのことは、忘れさせてくださいな」
銕三郎は、久栄(ひさえ 16歳)のことが忘れられなかった。
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コメント
よく,まあ---ぴったりの画面があるものですね
投稿: tomoko | 2008.10.13 05:48
>tomoko さん
絵にあわせて物語を作る場合もあります。
ほとんどは、人物が物語を描きますが。
投稿: ちゅうすけ | 2008.10.13 12:55