火盗改メ・長山百助直幡(なおはた)(3)
「銕三郎どの。いろいろとお世話になった。組下の者たちの不行き届きは、許してほしい」
新番の組頭に任じられた本多采女紀品(のりただ 55歳 2000石)が、銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)に、ふかぶかと頭をさげた。
「本多さま。とんでもございません。拙こそ、横からなにかとご公務のお邪魔をいたしまして、お詫び申します。どうぞ、これからも、お叱りくださいますよう---」
銕三郎も低頭した。
「ついては、これまでの骨折り賃といっては少なくてなんだが、ほんの志ゆえ、受けてもらいたい」
紀品が手文庫の中に用意していた紙包みを銕三郎の前へ置く。
「拙のほうこそ、束脩(そくしゅう 入門謝礼)もお納めもして
おりませぬ---」
「長谷川どのには、営中でご了解を得ておる」
「それから、長山どののこと、不快な思いをさせて申しわけなかった。ま、両目が上ッ方(かた)にばかりと向いている平目(ひらめ)人間と割りきり、ほどほどに手伝ってやればいい。佐々木とかいった筆頭与力が、わが組の小村(筆頭与力)を熱心に口説いたのでな、われとしても聞き流すわけにはいかなんだ」
「はい、心得ております」
「しかし、銕三郎どの、そなたの鼻の鋭さと申すか、探索ぶりというか、そのこと、小村筆頭与力をはじめ、わが組の与力・同心どもにも浸透しておってな」
「首がすくみます」
「うむ。ところで、われは、すでに火盗改メ・本役はご免になっておるので、ここだけの話として洩らしてほしいのだが、神田鍋町の海苔問屋〔岩附屋〕に押しこんだ賊---首領が〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ)とかの一統の、手がかりはつかめたかの?」
【参照】2008年8月29日~[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
銕三郎は、とっさに〔中畑(なかぱたけ)のお竜(りょう 29歳)の澄んだ双日眸をおもいうかべ、頭(こうべ)をふった。(歌麿 お竜のイメージ)
「なかなかに、手がかりもなく---」
「さようか。では、お竜とか申すおんな賊に、出会えたら、本多紀品がよろしく申していたと伝えておいてくれないか」
「あっ---」
「あは、ははは。よい、よい。われは、もう、お役目ご免の身と申したであろうが。このことは、小村筆頭と2人だけがしっている秘めごとでの」
「それでは、長山さまの組には---?」
【参照】2008年11月1日~[『甲陽軍鑑』] (1) (2) (3)
「引き継ぐものか」
「恐れいりました」
「長谷川どのにも、告げるものではない」
「かえすがえすも、恐縮」
「その紙包み、しまってくれ」
銕三郎の目には、紀品の躰が急に大きくなったように見えた。
(男は、このようにありたい)
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