銕三郎、一番勝負
「今助はん、あの若さで、どこで身つけはったんか、あのとき、ほらもう、ゆっくりやさしゅうて、つい、燃えてしまいますねん---あないに、頭んなかをまっ白にしてくれはる男衆、初めてどすえ」
帰りぎわにそう言った小浪(こなみ 29歳)の言葉を反趨しながら、銕三郎(てつさぶろう 23歳)は、石原町の舟着き場から法恩寺橋へ向かって歩いている。
師走も中旬。暮れ六ッ(午後6時)をまわっており、少碌のご家人の家々がつづく道は、ほとんど闇にちかい。
提灯の準備をしていないので、かすかな星明かりが頼りである。
(あの今助がなあ。色男ふうでもないのに、海千山千の小浪を篭絡しきっておるとは---)
今助(いますけ 21歳)は、浅草一帯をとりしきる香具師(やし)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 59歳)の身内の若い者頭である。
大胆にも、林造の囲いおんなの小浪と、人目をしのぶ仲になっていた。
小浪にいわせると、
「元締はんは、年に幾たびもはできはらしまへん。うちを飼うてるいうだけで貫禄をつけてはるのんどす。いまがおんな盛りのうちは、そんなん、しんぼうできしまへん」
となる。
〔木賊〕の元締も、おそらくはうすうす感づいていようが、小浪は〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 48歳)一味の者と承知しているから、処置を逡巡しているのであろう。
【参照】2008年10月23~[うさぎ人(にん)・小浪] (1) (2)
小浪にしてみれば、死をかたわらにおいての情事(いろごと)だから、心理的なおびえが、情感をよけいにゆさぶらせているのかもしれない。
10代後半から20代前半にかけての小浪は、盗賊・〔sp堂ヶ原(どうがはら〕の忠兵衛(ちゅうべえ 40がらみ)、そして〔帯川(おびかわ)〕の源助一味として、さまざまな土地でいろんな店や寺へ引きこみに入った。
際立った美貌が、行く先ざきの男たちの目を魅(ひ)きつけ、その者たちの欲望をかきて、躰をむさぼられた。
小浪の言葉でいうと、
(男まみれ)
であった。
が、男たちは、小浪のその美形に、すぐに飽いた。
色事の相手としてのおもみしろ味が、まるで感じられないのである。
木製の等身大の人形を抱いているのと変わりがなかったからである。
小浪の美貌に手形をつけることもできなかった。
(それなのに、今助がなあ)
今助は20歳そこそこで、あばれるときの命しらずの凶暴さが認められて、〔木賊〕一家の小頭の地位についている。
(小浪の頭の中をまっ白にさせている)
銕三郎も、お仲にいろいろと手ほどきをされ、お仲が肉置(ししお)きのいい躰を痙攣(けいれん)させたことは幾度があった。
が---、
(頭の中がまっ白になった)
そう、告白されたことはなかった。
もしかしたら、お仲を後妻に迎えた男は、それができたのかもしれない。
若いだけに、銕三郎の連想は、そのことから離れない。
いや、負けたくなかったのかも---。
横川に架かる法恩寺橋へさしかかかった。
と、左手から、星あかりをうけて光った刀身が斬りかかってきた。
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