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2009.01.11

銕三郎、三たびの駿府(4)

4泊目の泊まりは、蒲原(かんばら)の〔木瓜(もっこう)屋〕忠兵衛方であった。

夕餉(ゆうげ)の膳に、1本ずつ徳利がのっておるので不思議がっていると、主人の忠兵衛があいさつに現われ、その 祝意とわかった。
忠兵衛は、与力・佐山惣右衛門(そうえもん 36歳)、同心・有田祐介(ゆうすけ 29歳)の順をまちがえることなく酌をしてから銕三郎(てつさぶろう 24歳)の前にぴたりと止まり、
長谷川さま。朝倉の於姫(ひー)さまのおむつは、もう、とれましてございましょう」
と笑った。

_120ちゅうすけ注】市岡正一『徳川盛世碌』(東洋文庫 1989.1.20)に、寄合級のむすめは「於姫」と書いて「ひー」と呼ばしたとある。それ以下は「於嬢」。

与詩(よし)も明けて12歳の生意気ざかりですから---その節は、お手数をわずらわせました」

参照】20081月13日[与詩(よし)を迎えに] (24)

2人の、気のおけないやりとりを佐山与力は、なにごともにもったいをつけたがる自分の組頭・長山百助直幡(なおはた 58歳 1350石)とくらべて、大違いだとおもっている。
(20年後にでも、銕三郎どのが組頭となってきてくれれば、組の雰囲気もかわるのだが---)

先手・鉄砲(つつ)の4番手は変則で、ほかの組にはだいてい10人いる与力が、5人しかいない。
それだけに、すべてにもったいをつけたがる長山直幡のような組頭だと、手不足の与力はたまったものではない。
このたびの駿府行きにしても、佐々木筆頭与力は、同心2人にして、佐山与力は出役させないように計っていたが、直幡が組の威厳を示すため、強引に佐山の派遣をきめたのである。

忠兵衛が引き下がると、待っていたかのように、佐山与力が自分の膳の徳利をもって銕三郎の前へ坐りこみ、
「長谷川うじのお顔のひろいのには、ほとほと感じいり申した。本多組の筆頭与力どのが、長谷川うじを強くご推薦くださった理由(わけ)が、よっく呑みこめ申した。駿府でもよろしくお願い申しますぞ」

つられたように、有田同心も座を立ってき、こちらは銕三郎からの酌をうけながら、
「なにしろ、わが鉄砲の4番手が火盗改メの任についたのは72年ぶりです。盗賊の探索方など、ひとりも存じてはおりませぬ。ご指導のほど、お願いいたします」
そういいなから、また受けている。

翌日、さつた峠の手前の倉沢村で、〔休み陣屋・柏や〕でお茶にすると、亭主・幸七(こうしち 65歳)がまがった腰をのばしのばし、
長谷川さま。お久しゅう。お父上は、お達者で?」
あいさつに出てきた。
「先手・弓の8番手の頭(かしら)をつとめております」
「まあ、夢で鉢巻を---それは重畳(ちょうじょう)」
6年ぶりなのに、耳がすっかり遠くなってしまって、すべてがとんちんかんな受けをする。

「おも、ばばあになりましてのう---あわび採りは、もう、やれません」
とか、
「だから、股ぐらのも、すっかり、干しあわびですよ、ふぁ、ふぁ、ふぁ」
ふぁ、ふぁ、ふぁは、歯抜けの笑い声であった。

参照】2008年1月12日[与詩(よし)を迎えに] (24)

さつた峠を越えながら、有田同心が、
長谷川さま。おとは、何者です? 〔柏屋〕の女房どので?」
「さあて、拙にも合点がまいらぬのです。何者でしょうか」
銕三郎は、すっとぼけた。
(そんな詮索よりも、盗賊の詮索に専念したら---)
そう言ってやりたかった。

2人とも、銕三郎に、すっかり、おんぶにだっこの形になりつつあった。
(府中では、しっかり明察しないとな)
銕三郎は、難所をこなしながら、自分をいましめている。

もっとも、さつた峠では、佐山与力も有田同心も、音(ね)をあげないで登っている。
佐山さま。きつくはありませぬか?」
「なに。長山組頭の、坂の多い赤坂中ノ町の屋敷への行きかえりで、すっかり鍛えられての」
有田同心も言った。
「火盗改メのお役についてから、毎日の市中見廻りで、芝や三田の坂をこなして、すっかり健脚になりました」

鉄砲(つつ)の4番手は、長山組頭の前の雨宮権左衛門正方(まさかた 享年58歳 1505石)の時代が足かけ12年つづいた。
雨宮組頭の屋敷は表猿楽町だから坂に面していた。しかし、火盗改メには任じられなかったから、組下が屋敷を訪ねるのは節季のあいさつだけで年のt6度ほど。足ぞなえにはならなかった。

ことのついでに記しておくと、雨宮武田系の姓である。


参照】2009年無1月8日[銕三郎、三たびの駿府]() () () () () () () () (10) (11) (12) (13

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