〔風速(かざはや)〕の権七の口入れ稼業
「長谷川先輩、相談にのってくれませんか?」
高杉道場の弟弟子・井関録之助(ろくのすけ 20歳)が、銕三郎(てつさぶろう 24歳)を法恩寺門前の茶店{ひしや〕へ誘って、切りだした。
「お元(もと 33歳)にややができてしまった---というような話には、のれないぞ」
「そんな浮いたことではありませぬ」
30俵2人扶持の最低に近いご家人の、しかも妾腹にできた録之助は、家に居場所がなかったが、ひょんなことから日本橋・室町の茶問屋〔万屋〕の源右衛門(げんえもん 48歳)が、7年前に女中に産ませて男の子・鶴吉(つるきち 8歳)が、乳母のお元と暮らしている小梅村の寮へころがりこんで、お元とできてしまっている。
【参照】2008年8月22日~[若き日の井関録之助 (1) (2) (3) (4) (5)
「今戸(いまど)の元締・〔木賊(とくさ)〕の林造(りんぞう 60歳)がらみの話なんです」
録之助が持ちかけた相談というのは、〔木賊〕一家の小頭・今助(いますけ 22歳)からきた話で、浅草寺の奥山で蝦蟇(がま)の油を売っている浪人・浅田剛二郎(ごうじろう 31歳)に用心棒としての腕があれば、田原町1丁目の質屋〔鳩屋〕に推薦したいのだが、剣術の腕前を鑑定してほしい、ついでに、保証人にもなってもらいたい---といわれたというのである。
つまり、銕三郎に浅田浪人の剣の腕試しをしてほしいが、どうであろうかと。
「先生のお許しがいるな」
「だから、先輩に相談しているのですよ」
銕三郎は、高杉銀平(ぎんぺい 64歳) 師から皆伝を許され、しかも信用が篤いことを見抜いての相談というより、頼みなのである。
録之助も剣の腕のほうは、稽古試合なら銕三郎に3本に1本は勝てるほどに上達しているのだが、私生活が私生活だけに、信用という点がもう一つといえようか。
「その浅田うじとやらは、信用できるのか?」
「そのほうは、今助が太鼓判をおしています」
「今助そのものの信用はどうなのだ?」
「ご存じでしょうが、あれは、元締が脇につくった子なんですよ。もう5年もすれば、縄張り(しま)を引きつぐことになっています」
録之助は、林造に頼まれて、〔木賊〕の身内の若い連中に、振り棒の使い方などを教えているから、一家の内情にくわしい。
ときには、匕首(どす)の指南もしているようだ。
「今助は、林造元締の庶子だったのか?」
「だから、あの若さで小頭をはっていられるんです」
「〔銀波楼〕の女将・お蝶(ちょう 53歳)は、今助の生まれを知っているのか?」
「もちろんですよ。しかし、お蝶にすれば、自分が子をつくれなかったのだから、認めるしかなかったようです」
「わかった。明日、先生にお伺いをたててみる」
「ありがとうございます」
「で、録さんには、この件でいくら、入るのだ?」
{そんな---」
「ただ働きってことはあるまい」
「---3両(約50万円)」
「2両よこせ」
「きびしい!」
「左馬(さま 左馬之助 24歳)にもひと口かまさないといけまい」
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