化粧(けわい)指南師のお勝(3)
朝、お勝(かつ 31歳)を、お吉(きち 36歳)が息子・又太郎(またたろう 14歳)たちと暮らしている蛸薬師通りの家に送り、押小路へ戻ってみると、松造(まつぞう 21歳)が待ち構えてい、〔左阿弥(さあみ)の角兵衛(かくべえ 40がらみ)の伝言をつたえた。
【参照】2009年8月3日[お竜の葬儀] (3)
「およろしければ、四ッ(午前10時)に来ていただきとうおます、ってえ懇望でした」
お互いに、外泊のことには触れない。
銕三郎(てつさぶろう 27歳)は、華光寺(けこうじ)裏の町絵師・北川冬斎(とうさい 40男)にも、〔化粧読みうり〕の挿絵のことで、〔左阿弥〕へくるように伝えさせた。
「〔化粧読みうり〕は、景物紙(フリー・ペーパー)というお考えどしたが、うちの息のかかった屋台店に配らせるとしたら、まるっきり只ばたらきというのも芸のないことで、せめて、1枚あたり3文(120円)はみてやりとうおますねん」
銕三郎は、暗算をした。
1枚3文として、2000枚で6000文(1両2分 24万円)。
その気配を察した角兵衛が、
「あの---板元の長谷川はんから出していただくのンではなしに、店側が客からもらういう形のつもりどすねん」
「それで、よろしいのですか?」
「売り子の利ィになることでおますよって、粗末にはあつかわんでっしゃろ」
角兵衛が笑った。
(なるほど。単なる景物紙(チラシ)だと、つい、捨ててしまったりもしよう。さすがに元締の2代目だ、人の気を読んでいる)
角兵衛は、お披露目(広告)枠を買いたがっている商舗があと5,6店あるが、この〔景物読みうり〕をもう2,3回出すつもりはないか、と、銕三郎の存念を確かめてきた。
冬斎が期待顔で銕三郎を見つめる。
彼とすると、妓女に恩を売るせっかくの機会を、1回きりで終わらせたくないのであろう。
「父が、なんと申しますか---」
銕三郎の配慮にうなずいた角兵衛は、もし、銕三郎の側に不都合があるなら、代人を紹介してもいいと言った。
「代人---?」
「祇園社の鳥居内の二軒茶屋〔藤屋]はんあたりは、話を持ちこんだら、大喜びで請けはる、おもいます」
角兵衛のつづき説の理由には 一理あった。
お披露目枠の大口の買い主の〔紅屋〕も、いちど版木を彫ったら、2度、3度とつかわないともったたいないと言っているとも。、
「わかりました。父が入洛しましたら、さっそくに願ってみます」
一段落したところで、冬斎がふところから銕三郎案の[顔の形に似合う髪の結いよう]をだした。
・丸顔の人は、髻(わげ)を小さめに結うほうがさまになります。鬢(びん)の生えさがりはみじかめに。
・小顔(こがお)の人は、髪を大きめに結い、鬢(びん)の生えさがりを長めに。
・首筋が短めの人は、髪を高く結ったほうが見栄えがします。
・反対に、首筋の長い人は、ぼんのくぼの生え際を長めの2本足につくりましょう。
・顔の長めの人は、髻(わげ)をひらたくつくると美しさがまします。
「これをいちどきに載せるのもよろしゅおすけど、一度の板では丸顔なら丸顔のおなごはんだけにしぼって、髪型、化粧法などをまとめたらどないでおます?」
「そのほうが、総花よりも真実味がこもりまんな」
角兵衛は2板紙、3板紙がきまったかように、賛成した。
冬斎はさらにふところから、祇園の〔水口(みなくち)屋〕の花籬(はなまがき)という妓(こ)を描いた似顔絵をだし、
「この新造(しんぞう)は、丸顔が可愛いいうて評判をとってますねん。どないでおます?」
冬斎は、色絵よりも線描きのほうが親しみがあるし、彫り・刷り賃ともに安く、仕上がりも早いとすすめた。
(佐山半七丸『都風俗化粧伝』東洋文庫より)
(衆智は、集めてみるものだ)
銕三郎は、つくづく、感じいった。
お茶が新しいのに溶(い)れかえられると、角兵衛が重い布づづみを銕三郎の前におき、
「お披露目枠の扱い手数料を引かせてもろた、残りの6両(96万円)どす。お改めになって---」
確かめた上で゛、1両(16万円)を、
「冬斎先生。2板分の画料です。お納めください」
喜ぶ冬斎に、角兵衛がからかい口調で、
「祇園では、冬斎はんが、新造の花籬を〔:化粧読みうり〕の似顔絵にえらびはった、つぎに美人に選ばれるのンはだれやろ---いうて、えらい騒ぎになっておます。つぎの候補はだれとだれどす?」
「つぎは、北野からえらびまひょ」
「根性悪なことを---」
それで、笑いになった。
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