お竜(りょう)の葬儀(3)
「じつは、長谷川さま。お勝(かつ 31歳)の嘆きようが、尋常ではないのです」
葬儀の翌日である。
焼香に訪れ、仏間に招じられた銕三郎(てつさぶろう 27歳)に、〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 52歳 初代)がこぼした。
「お勝どのは、どこに?」
「狂乱に近いので、引き込みにいれていた彦根を引きはらわせ、お吉(きち 37歳)に看させております」
お吉は、 勇五郎が小田原に囲っていた妾だが、本妻・お勢(せい )が病死したので、お吉が産んだ子・又太郎(またたろう 15歳)と京都へ引きとられ、本妻の子・文吉(ぶんきち 15歳)とともに、店からすぐのしもた屋で暮らしている。
【ちゅうすけ注】『鬼平犯科帳』文庫巻6[狐火]p124 新装版p132
高級骨董舗の〔風炉(ふろ)屋〕のほうには、若い妾・お静(しず 24歳)が、店の者に「小(ちい)ご寮(りょ)はん」と呼ばれて、勇五郎といっしょに起居していた。
店の小僧が、お勝を連れてきた。
「長谷川さまッ」
仏間へ踏みこむなり、銕三郎の膝の上に身をくずして泣きつづけた。
「お勝どの。泣いていいなら、拙もおことのように泣きたいのだよ。だが、そうもしていられないのだ」
「お竜お姉(ねえ)さんがいなくなってしまった---あたし、どう生きていけばいいのか---」
「拙が、お竜どのに頼みたかったことを、お勝が引き継いでやってくれると、うれしいし、お竜どのも、あの世から、お勝どのの所作を見守ってくれるとおもうのだが---」
「お竜お姉さんの代わりを、あたしがするのですね」
涙声ながら、お勝の正気がもどりはじめたようである。
「〔狐火〕のお頭(おかしら)。お勝どのを、拙にお預けくださいませぬか?」
「お勝の気持ちしだいです」
「お頭、あたし、お姉さんの代わりをつとめさせていただきます」
お静が、お勝を離れへ連れて消えた。
「お頭。わけはお訊きにならず、お耳になさったこともこの場かぎりで、お忘れくださいますか?」
銕三郎が、勇五郎の眸(め)をしっかり見据えると、
「よろしいですとも。この勇五郎は、ずっと、長谷川さまのお味方です」
お勝を、禁裏御用の老舗の一つに上女中として潜入させたいので、信用のおける身元請人(うけにん)をたててほしいこと。潜入させる老舗を教えてほしいこと、を銕三郎が言うと、
「用向きによって、老舗のえらび方が違ってきますが---」
「しばしば、納品する商売か、ときどき、高額のものを納める店の、どちらかです」
「しばしばのほうだと、さしあたっておもいつくのは、茶うけの菓子、多葉粉(たばこ)、酒と肴、紙類でしょうかな」
「京菓子は気づかいが細かそうだから、さしあたっての狙いは、紙屋か酒・肴屋かな」
【参照】2008年10月18日[お勝というおんな] (1) (2) (4)
2008年10月21日[お雪というおんな] (5)
2008年11月27日[諏訪左源太頼珍(よりよし)] (3)
2009年1月23日[銕三郎、掛川へ] (3)
2009年6月6日[火盗改メ・中野監物]清法(きよかた) (4)
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