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2009.08.04

お勝、潜入

「お(かつ 31歳)の身許請人(みもとうけにん)になっていただく方ですが、仮に、丸太町富小路(とみのこうじ)東入ルの御肴ご用所〔河内屋〕さんであれば、うちの店の上得意に、夷川富小路の〔井筒屋〕のご隠居がおられます。ごく、気軽なお方ですから、お引きうけくださるとおもいます」
瀬戸川(せとがわ)〕の源七(げんしち 56歳)が、気づいた。

「番頭さん、いいお方を思いだしてくれました。あのご隠居さまなら、二つ返事で請けてくださるはず」
狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 52歳)も乗り気になった。

「どんな物をお求めになっているのですか?」
銕三郎(てつさぶろう 27歳)の問いかけ応えた源七の説明によると、刀剣の鍔(つば)を集めているのだと。
理由(わけ)を聞いて、銕三郎は感心してしまった。

京都は地震が少ない土地だが、もともとは湿地だったのを、農耕と鍛冶と酒造をもたらした渡来人の秦氏(はたうじ)が埋めたて、一族のおんなが産んだ桓武天皇に献上したところゆえ、地盤は硬くはない。
したがって、地震には強いといえない土地柄である。
鍔なら、家が倒壊しても、つぶれたり、こわれることはない。
のちのち曾孫(ひまご)の代に地震が襲ったとしても、鍔を売れば、家の一軒ぐらいは再建できようと。

「家が建てられるほど、お集めなのですか?」
「買い値ではね。しかし骨董のたぐいは、売るときに買い値の1割にいけばおんの字です。まあ、5分(ぶ)以下とおもっておけば---」
「それでは、仮小屋しか建ちませぬな」
「いえ。骨董は、値が大化けすることもないとはいえませんから---」
源七が大真面目に言い、勇五郎が奇妙な笑い声をたてた。

_100それを機(しお)に、いとまを告げた銕三郎に、おが、
「お(lりょう 享年33歳)お姉(ねえ)さんの形見分けの品がありますから、お(きち 37歳)さんの家まで、ちょっと、お立ち寄りください」(お勝のイメージ)

形見というのは、『孫子』であった。
ずいぶん読みこんだらしく、表紙のすみずみの色が剥げ、角がすりきれている。
の筆で書き込みもしてあった。
たまたまに開いた冒頭の、

将者、智信仁勇厳也(将たる者の器は、信と仁と勇と厳である)。

(てつ)さまは、智と信をおもち。嘘がなく誠が大きい。頼って報われる。勇気はだれにも負けないほど。しかも、己れにきびしい人。初めて出会った将たる人---と脇書きがしてあった。
くすぐったかったが、それ以上に、おへのいとおしさが増した。

参照】2008年11月2日[『甲陽軍鑑』] (

が上目づかいに、
「おお姉さんが、長谷川さまによろこんで身をまかせた理由(わけ)がお分かりになりましたでしょう?」
(やはり、2人は、おれとのことを話しあっていたらしい)
「買いかぶりだがな」
「いいえ。おお姉さまの、人を、とくに男を看(み)る目はたしかです。お姉さまは、嘆息していました--10年遅く生まれていたら、人手になんか、わたしはしなかったと」 
「拙も、10年早く生まれていたら、おどのを放しはしなかった」
「いまのお言葉、おお姉さんが聞いたら、どんなにか喜んだことでしょう。そこまで、お送りします」

付きそって三条大橋をわたった。

Photo
(三条大橋 『都名所図会』 塗り絵師:黒崎朔子 [鬼平クラス])

「お宿で、2つ3つ、確かめておきたいことがあります。ごいっしょしてもかまいませんか?」
「他人行儀なことを、訊くでない」
「はい」

〔津国屋〕の銕三郎の部屋で、雪見障子をあげて中庭をのぞき、
「おお姉さんは、この部屋に泊まるはずだったのですね」
「せんないことだ」

なにか、言いよどんでいたが、
長谷川さま。こんどのお勤めで、男に言いよられたら、どうすればいいのですか?」
「これまでは、どうしていたのだ?」
「おんな男の男拒否で通してきました」
「これからもそう言えばいい」
「そうは参りません。これまでは、おお姉さんが顔をみせに来てくださいましたから、駿府の両替商〔松坂屋〕五兵衛のほかは、みんな納得しました」

参照】2009年1月25日[ちゅうすけのひとり言] (30

「おはいないし---」
「旗本のご嫡男のおもい者だと言ってはいけませんか? そのとき、長谷川さまが来てくださいますか?」
「よかろう」

おもいきったふうに、
「では、ほんとうに、抱いてください」
「おいおい、男拒否ではないのか?」
「お姉さんをお抱きになった時のように、やさしく抱いてください。最初の時は、どこで?」
「寺嶋村の、あの寮の風呂場だった」

参照】2008年11月8日[宣雄の同僚・先手組頭] (

「それでは、ここの風呂場で---」
「ここは、寮とはちがう。ほかの客の目もあるから、無理だな」
「では、この部屋で---」


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