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2009.09.22

[御所役人に働きかける女スパイ] (3)

三田村鳶魚翁[御所役人に働きかける女スパイ](中公文庫 鳶魚江戸文庫⑧『敵討の話 幕府のスパイ政治』 1997.4,18)、この史実めいた記述に触発されて創作されたらしい諸田玲子さん『楠の実の熟すまで』(角川書店)から引いている。

鳶魚翁は、徒(かち)目付・中井清太夫(せいだゆう 150俵 5人扶持)と西町奉行・山村信濃守良旺(たかあきら 45歳=安永2年 500石)が相談の結果、姪(めい)・利津(りつ 21歳)を地下(じげ)官人に嫁がせることにしたと書いているが、詳しい手だては省略している。


スパイの嫁入りによって、捜索を遂行する打合せ万端を済まし、信濃守は委細を所司代土井大炊頭へ上申し、江戸から来ている隠密御用の面々を、帰東させることにした。

中井清太夫は、隠密御用の面々とともに、五十三次の駅路恙なく江戸に帰り、安永三年(1774)の若春を迎えた。女スパイは、清太夫が退京すると間もなく縁談整い、禁裏御賄役人の妻となった。


_130あった事件を伝えるにはこれでもよかろうが、小説となると、そうはいかない。
だから諸田さんは、そこのところを、いろいろ工夫している。


縁談はどうなってしまったのか。進行もせず、詳細も知らされぬまま宙ぶらりんでいるのは蛇の生殺しさながら。利津は毎日のように墓参に出かけ、祖父の墓に向かって、大役を無事、果たせますように……と両手を合わせた。
もしや計画が頓挫したのか。いっそこのまま立ち消えにならぬものか。かすかな願いを抱きはじめた頃、京から商人がやって来た。

「こちらの娘はんのことで、折り入ってご相談がおますのどすけど……」
商人は老舗の骨董屋「かずらや」の番頭で、多兵衛と名乗った。懇意にしている茶の湯の宗匠から利津の話を聞き、知り合いの堂上(どうしょう)家へ問い合わせたところ、京仕込みの娘ならぜひとも取り持ちたい縁談がある、話をつけてきてくれと頼まれた……というのが口上だった。間に入った武家の名はいっさい口にしない。

「娘はいてますけど、京仕込みというほどでは……」
「いえいえ。こちらの娘はんは堂上家の奥に仕えてはったそうで……。いえ、ちょっとかてかめしまへん。これもご縁どっさかい、あんじょうまとめてやると大納言さんが仰せにおます」

縁談の仲立ちを申し出ているのは、武家伝奏(てんそう)を務める広橋家だという。武家伝奏は幕府と朝廷の間を取り持つ重い御役で、主の広橋兼胤は大納言、利津が行儀見習いに上がっていた堂上家より格上である。兼胤は、広橋家の雑掌、つまり実務を行う家臣の一人を利津の仮親とすることで、すでに先方と話をつけているとのことだった。

「なんと言うたかて、相手はお公家はんどす。こないな良縁はめったにおへん」
番頭は値踏みするように家のなかを見まわした。公家が郷士の娘を娶るのは持参金が目当てだ。
広橋家の狙いも過分な謝礼だろう。仲介した商人もおこぼれに与る。


骨董屋の番頭やら、茶道の宗匠やらといった仲立ちの脇役を創作して、楠葉郷から京洛までの筋道を敷いている。小説家も空想力がなければつとまらない。


「そらもう願ってもおまへんけど、娘はこのとおり、茎(とう)が立ってまっさかい……それに、あれこれおましたよって、先方はんのお気に召しますやろか」
待ってましたとばかり飛びつけば怪しまれる。万太郎はまず尻込みをして見せた。

番頭はぐいと身を乗り出す。
「そのことなら心配はいりまへん。先方はんかて事情がおます」
先方は昨年、妻女を亡くしていた。歳は三十二、六つになる男児がいる。子供の養育のためにもできるだけ早く後妻を迎えたいと願っているという。
「先方はんちゅうのはどないな……」


嫁入り先は、昨日記した高屋遠江守康昆(こうこん)となっている。
鳶魚翁はそこまでは書いていない。
ただ、高屋遠江守の名は、処罰者の中にみられる。


牢屋敷に於て死罪、田村肥後守、津田能登守、飯室左衛門大尉、存命に侯へば同罪、
吟味中死、西池生鈴。
遠島、高屋遠江守、藤木修理、山本左兵衛、山口日向守、関目貢。
中追放、渡辺右近、本庄角之丞、世続右兵衛、久保田利兵衛、佐藤友之進、小野内
匠。
其外洛中洛外並江戸構余多。
死罪の者倅は遠島、十四歳迄親類預け。
遠島の者倅は中追放、右同断。


ただ、両書とも、隠密探索の端緒については触れていない。
だから、読み手には釈然としないものが残る。
ところが、腑(ふ)に落ち、膝をたたく資料を見つけた。


        ★     ★     ★
[命婦(みょうぶ)、越中さん

[御所役人に働きかける女スパイ] () (

幕末の宮廷

『翁草』 鳶魚翁のネタ本?


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