お勝と於津弥
「ご内室さま。化粧(けわい)の具合・不具合は、その日のお肌のありようによります。湯化粧と申しすとおり、湯上りがもっとものりがよろしいのですが---」
お勝(かつ 「33歳)のすすめで、於津弥(つや 35歳)は、すぐに風呂の用意を命じた。
お乃舞(のぶ 15歳)が手提げの化粧箱のぬか袋をあらためた。
目ざとく認めて、
「とくべつにあつらえたものか」
「越後米のぬかに、馬歯莧(うまひゆ)を煮出して乾かした粉がまぜてあります。毛穴の脂気をのぞきます」
「馬歯莧とは、初めて聞く」
「若いむすめたちがにきびで悩んでいるとき、この草を煎じた湯で顔をあらいます」
平蔵(へいぞう 29歳)は、お勝を於津弥へ引きあわせせると、あとはおんなたちにまかせ、庭で藤次郎(とうじろう 11歳)の竹刀を受けていた。
始めて4ヶ月がすぎた藤次郎は、いまでは毎朝と夕べ、鉄条2本入りの木刀を息をあがらすことなく、60回は振りきっている。
湯殿がにきわしくなった。
洩れてくる嬌声を気にしている平蔵に代わり、浴室をのぞいて見よう。
なんと、湯で顔の毛穴をひらかせる於津弥ばかりか、お勝もお乃舞もすっぱだかではないか。
於津弥は洗ってもらったらしい、つやつやした髪をうえにまるめ、すきどめにしていた。
その鉄火おんなふうの髪型が気にいっらしく、湯気の曇りをいくどもぬぐわせながら、お乃舞がささげている鏡を、湯舟の中からのぞきこんでいる。
「ご内室さま。お肌をおととのえますから、この腰かけにおかけください」
お勝のみちびきにしたがった於津弥の背中をお乃舞がぬか袋でこすった。
ひらかれた股のあいだに腰をおちつけたお勝は、首すじから乳房へむけ、ぬか袋を泳がせ、わざと乳首に触る。
はじめはそのたびに、眸(め)を見ひらいていた於津弥も、そのうちに頬を上気させてきた。
お勝のぬか袋が下腹へおり、
「ご内室さま。殿方は、ここの毛並みを気になされます」
「どのまように?」
「からまると、殿方の切っ先が傷つきます」
「どのように整えるのか?」
「軽石で先端をこすり切ります」
「整えてくだされ」
お勝の小指の先が秘頂を軽くなぶりながら、軽石が動く。
お弥津の躰がぐらりと右に傾き、湯舟もたれた。
左手がお勝の肩に置かれた。
「ご気分でも---?」
問いかけには、かすかに頭をふり、ひたりきっている。
その顔に、お乃舞が絞った手拭をあてて蒸した。
「ご内室さま。いまいちど、湯におつかりくださいませ」
意思のない人形そっくりに、重そうに腰をあげ、湯へ。
と、お乃舞がすばやくいっしょに入り、乳首を吸いはじめた。
【ちゅうすけ注】いやはや。こんなはしたない場面をのぞくことになろうとは---。
お勝たち3人---お乃舞とその妹・お咲(さき 12歳)が菊新道(きくじんみち)の旅籠〔山科屋〕へ落ち着いたとき、訪ねていった平蔵が、3人を浮世小路の蒲焼の〔大坂屋〕へつれだした。
蒲焼に大喜びの姉妹の横の、お勝が、
「なにかお気になさっていることがおありのようですが---」
問われて、つい、お津弥のあつかいに困っていると打ちあけてしまったのが、この日の経緯(いきさつ)を招いたらしい。
お勝なりの報恩のつもりであった。
ついでに記しておくと、お勝は日本橋3丁目通箔屋町の白粉問屋〔福田屋〕に筆頭化粧指南師として復職でき、お乃舞はこの1年間に修行した髪結い師として同じ職場ではたらくようになった。
妹のお咲は、〔福田屋〕から楓川をはさんだ対岸の大原稲荷社脇に借りたしもた屋で家事をこなしている。
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コメント
気をもんではいた於津弥さまとのあいだを、平蔵さまは、そのような手段でお逃れになりましたか。巧妙といいましょうか、平蔵さまをとりまく多彩な人たちのガードの固さといいましょうか、とにかく、よかった。
投稿: tsuu | 2010.04.18 06:39