« 進物の役(3) | トップページ | 進物の役(5) »

2010.06.17

進物の役(4)

長谷川さまが進物番におなりになったら、わっちら、お世話になっている元締衆に、お祝いに、大紋(だいもん)・長袴(ながばかま)を贈らせてくだせえ」

参考大紋・長袴

宴が終わり、招待主の菅沼藤十郎定亨(さだゆき 46歳)が騎馬で大塚吹上の屋敷へ帰るのを見送り、目白台の組屋敷へ帰る筆頭与力・脇屋清助(きよよし 47歳)と服部儀十郎(ぎじゅうろう 32歳)与力を、
「お帰り道でやすから、ちょっとお口なおしにお立ちよりくだせえ」
母親がやっている音羽8丁目の料理屋へ、〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 49歳)が、平蔵(へいぞう 30歳)ともども誘いかけての、席であった。

「長袴といやあ、裾をひきずって歩きやすでしょうから、踏みつけたところの汚れがひどいのでは---」
柳営内を見たことのない小頭の〔大洗(おおあらい)〕の専ニ(せんじ 37歳)が素朴な疑問を呈した。

「小頭。営内は、廊下といえども板敷きではなく、畳敷きなのです。ちり一つ落ちてはおりません。ですから、長袴の踏みしろの折り目はとれても、汚れることはない」
武蔵国羽村(はむら)の鋳物師あがりの〔五ノ神(ごのかみ)〕の音蔵(おとぞう 48歳)一味の逮捕にかかわって親しくなった服部与力が説明した。
「さいでしたか---お城など、まったくご縁がねえもんで、つい、心ぺえしちまいました」

酒のあいまに蛸のやわらか煮に箸をつけた脇田筆頭与力が、
「これは柔らかい。歯が弱ってきている者には珍重---」
「大豆と大根とともに煮、風味つけに酒をすこしそそぐと、柔らかさと味がそのように---」
重右衛門が母ゆずりの講釈をした。

それを汐(しお)に、この10月の中ごろから火盗改メの冬場の助役(すけやく)についた先手・鉄砲(つつ)の10の組、松田善右衛門勝易(かつやす 53歳 1230石)配下の、中川筆頭与力から頼まれたのだが、と前置きし、
「〔音羽〕のも承知しているように、火盗改メの(すけやく)は、火患の多い冬場に発令される。本役のわれらの組は、日本橋から北の警備にあたり、助役組は南を分担するというのか゜、近年のとりきめであってな。松田組はとうぜん、日本橋川から南と、深川の見廻りということになる」
「へえ---?」

ところが、いざ任務についてみると、本役・菅沼組には、ご府内だけでも浅草・今戸・橋場をとりしきっている〔木賊(とくさ)の衆、両国広小路は〔薬研堀(やげんぼり)〕の一門、上野山下と広小路は猪兵衛(ゐへえ 28歳)、もちろん、音羽、雑司ヶ谷はそなたの組---と主だった元締衆が夜廻りを奉仕してくれている。
しかるに、日本橋から南では、〔愛宕下(あたごした)〕のと、深川の〔丸太橋(まるたばし)しか手助けをだしてくれていない---。

「ご府内の香具師の総元締格の〔音羽〕のに口をきいてもらえまいか---ということであった」
松田組頭さまが手札をおくだしになりてえと?」
「そういう次第」

脇屋さま。お言葉をけえすみてえで申しわけねえんですが、わっちらの夜の見廻りは、菅沼お頭さまからの手札のこともありやすが、ほんとうのところを申しあげやすと、こちらの長谷川さまのお声がかりで発起いたしやしたんで---。でやすから、長谷川さまのお眼鏡にかなった元締でねえと声をかけられねえんでございます」

うなずいた脇屋筆頭が、平蔵を瞶(みつめ)た。
どうやら、先方の中川筆頭に安請けあいをしてしまっていたらしい。

脇屋さま。松田組頭さまのお屋敷は、どちらでしょう」
「番町の新道2番町だが---」
(やばい! 大伯父の太郎兵衛正直 まさなお 67歳 1450石)と背中あわせだ)

_360
(赤○=長谷川太郎兵衛屋敷 緑○=j松田善右衛門屋敷
池波さん愛用の近江屋板の番町切絵図)

間をとって、
「脇屋さま。拙は、〔音羽〕の元締どのがおっしゃるほど、香具師の世界に通じているわけではありませぬ。亡父・宣雄(のぶお 享年55歳)が火盗改メの任についておりましたおり、たまたま、目黒・行人坂の火付け犯のことを、〔愛宕下〕の仲蔵(なかぞう 45歳)どのにお手伝いいただいき、お付きあいができただけです。松田組頭どののご分担の地域の元締衆にはなじみがありません」

「それは困惑」
「ですから脇屋さまのお考えどおり、〔音羽〕の元締とじっくりご相談になり、話をとおしていただきになるのが、よろしいかと」


参照】2010年6月14日~{進物の役] () () () (

|

« 進物の役(3) | トップページ | 進物の役(5) »

099幕府組織の俗習」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 進物の役(3) | トップページ | 進物の役(5) »