« 進物の役(4) | トップページ | 遥かなり、貴志の村 »

2010.06.18

進物の役(5)

帰宅してみると、奉書(召し状)がとどいていた。

進物の役を申しわたすから、11月11日の四ッ半(午前11時)に本丸・羽目(はめ)の間へ、熨斗目(のしめ)麻裃で出頭すること。

衣服を規制することで、家の格式と規律、服従心の強制を試していた。

ちゅうすけ注】 熨斗目麻裃

今夕の菅沼藤十郎定亨(さだのり 46歳 2025石 先手・弓の2番手、火盗改メ組頭)の言葉と符合しすぎているので、いささか驚いた。

(てつ)さま---いいえ、殿。おめでとうございます」
久栄(ひさえ 23歳)の第一声であった。

「うむ。それにしても---」
「なにでございますか」
「いや。なにでもない。そうだ、大紋(だいもん)と長袴(ながばかま)は、誂えるにおよばぬぞ」
「そう申されても、七代さま(宣雄 のぶお)は、おつくりにはなっておりませぬ」
「〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(じゅうえもん 49歳)どのが、祝いに贈ってくれるように元締衆に話すそうだ。問い合わせがあったら、久栄の好みの色味だけ、伝えてやれ」
「よろしいのでございますか?」
「あの者たちの気がそれですむのなら、受けとってやろう」

「わたしからのお祝いは、その3のおさらいです」
「大丈夫か、その腹で---」
「ふ、ふふふ。お腹(なか)の中のややも、足をふんばって喜んでおります」

翌日は、宿直(とのい)だったので、松造(まつぞう 24歳)が、平蔵(へいぞう 30歳)を城内へ送ったその足で音羽へまわり、重右衛門へ吉報を通じた。

わがことのように破顔した重右衛門は、、
「元締衆も、これでご恩返しができると、大よろこびだ」

久栄が望んでいる色は「花浅(はなあさぎ)」だと告げると、傍らにいた新造・お多美(たみ 34歳)が、
「ええ好み、してはります。能舞台で映えますやろ」

元締衆からの大紋・長袴は、なんと、一揃いではなく、5揃いもあった。

「花浅黄」のほかに「棟(おうち)」、「群青(ぐんじょう)」、「そひ(糸へんに熏)」、「 紅緋(べにひ)」と、いずれも能役者の重厚で絢爛たる衣裳に囲まれても、舞台映えするとともに、あまり使われない古色であった。

_360
(最上段:花浅黄(はなあさぎ)
大日本インキ化学『日本の伝統色』見本帳より)

平蔵は、いかにも京育ちのお多美どのらしいとおもったが、「花浅黄」と指定した久栄の手前、
「進物番を勤める5年があいだ、毎年、青差(あおざし)積みにかりだされても、年ごとに異なった大紋で演じられるな」
と笑ったが、長谷川家の左藤巴の表紋がついている大紋を、同輩に貸すこともできないし、さればといって、お色なおしの召し替えもありえない。

(同紋の士が進物番に選ばれたときとか、辰蔵が選ばれたときのに着ればいい)


参照】2010年6月14日~{進物の役] () () () () 


|

« 進物の役(4) | トップページ | 遥かなり、貴志の村 »

099幕府組織の俗習」カテゴリの記事

コメント

進物の役のこと、じつに分かりやすく書いていただき、ありがとうございました。
長谷川平蔵が、若くしてその才能を認められていたこと、しかも容姿もすぐれていて、もてていたことも、よっく理解できました(笑)。

投稿: 文くばり丈太 | 2010.06.20 09:58

>文くばり丈太 さん
進物の役の解説は、結局、松平太郎さん『江戸時代制度の研究』に頼りました。
でも、『寛政譜』を繰って、平蔵と同日に選抜された2人までは見つけました。
これからも、さらに、発見に努めるつもりでいます。あと、7人は見つけないと。

投稿: ちゅうすけ | 2010.06.20 19:01

ご無沙汰しております。
幕府の今回人事上の動きがわかるものとしては、「柳営日次記」あたりになるでしょうか。
野上出版さんが膨大な柳営日次記のうち文化年間の前半七年分を影印版で出してくださっていたのを県立図書館から借り出したことがあるのですが、かなり末端の役人の人事記録も載っていて、経歴の気になっていた中井清大夫の外孫がこの時期幕府の勘定方に属していたことがわかりました。
書院番士に比べてかなりヒエラルキーの低い末端の勘定方職員についても記録されているので、進物役なども載っているかもしれないです。
残念ながら安永年間の分は出版されておらず(この時期の記録は私も気になります)、国立公文書館にいかないと調べられないと思うので、難しいかもしれませんが・・・(私は地方在住なので、とても残念です。読めない本がいっぱいあります)

投稿: asou | 2010.06.21 14:10

>asou さん
お変わりありませんでしたか?
「柳営日次記」のご教示ありがとうございます。
国立公文書館は、歩いて3kmほどの距離ですが、この暑い時期にはどうも。
書斎で、『寛政譜』をめくっているほうがラクそうなので、とりあえず、ゆっくりゆっくり、拾ってみます。締め切りのある仕事でもありませんし。
向暑の折から、体調に充分ご留意なさいますよう。当方、寿量をすぎ、まあまあですごしおります。

投稿: ちゅうすけ | 2010.06.22 05:40

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 進物の役(4) | トップページ | 遥かなり、貴志の村 »