浅野大学長貞(ながさだ)の異見(5)
「いい人---?」
佐左(さざ)が聞きとがめた。
今宵、こうしてじゃれあっていても、佐野佐左衛門孝祖(たかのり 31歳 600俵)には、お蓮(はす 31歳)の情人(いろ)になったという実感はない。
色欲のつよいおんなに、たまたま出会い、しばしの出事(でごと 交接)を悦しんでいるだけだと、あきらめている。
「いい人になってくださいますか? こんな好色婆さんでは、お嫌でしょう?」
「嫌ではないが、すぐにというわけにはいかない」
佐左は、茂みから指を離した。
お蓮の手がそうさせなかった。
「おことほどのおんなに、うしろ楯がいないはずがない。今宵のことは、はずみとおもっている」
「悲しいことをおっしゃいます。はずみなんかで、こんなこと、できましょうか?」
「おれのどこが---金はないし、権力もない」
「ここに、お力が---」
指がつまんで、動きはじめた。
刺激され、佐左の指も芝生の溝をひらき、潜る。
不思議なことに、最初のときよりも、快感が昂(たか)まっていた。
(早くも、お蓮の躰に馴れはじめたらしい)
「行水を、いいつけてきましょうか?」
「いや。このままでいい」
「先だっての浅野さまのお話、感動しました。お身内の方を、あんなふうに、冷静に見られるのかって---」
「大(だい)は、なにごとにも醒(さ)めており、その目で対策を立てる男なのだ」
「佐左さまは?」
「おれは、疑い深い」
「こうなっても---?」
「そうだな」
指が乳頭をなぶっている。
おんなの太股が差し入れられてきた。
「今宵のこと、平(へい)さまだけにはおっしゃらないでください」
「誰にもいわないが、どうして平なんだ?」
「あの方、わたしの前のお勤め先のご主人とお親しいんです」
「前の勤め先---?」
「雑司ヶ谷(ぞうしがや)のほうの料理茶屋」
腰が押しつけられ、佇立していたものが迎え入れられた。
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コメント
佐左とお葉の寝室での会話、睦言ではなく、男と女の腹のさぐりあいですね。
あんがい、性経験のある2人の初会って、どこかぎこちない、こういうものかもと想像しながら読んでいます。
体験をしてみる気はありません、読むだけで十分。
投稿: tomo | 2010.08.01 04:54
>moto さん
お葉という女性は、お雪といっていた時代---若い人妻時代に流産し、夜中のふらふら歩き病になり、〔橘屋〕での座敷女中のころからいささか奔放な本性を発揮してきました。江戸時代でも、世間のモラルからちょっとはみ出た珍しい気質の人でした。
しかし、自分の思うままに生きるという点では、現代の女性のある面に通じているのではないでしょうか。
それがそのまま、世間に通用するとは、もちろん思いませんが、ある種のグープの典型てすよね。
ですから、tomo さんの心の奥にひそんでいるアンモラルなこと部分も代わりにやってくれている人もおもっておけばいいのでです。
投稿: ちゅうすけ | 2010.08.01 18:40