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2010.10.01

〔七ッ石(ななついし)〕の豊次(7)

「15日前の朝、参詣した通町下馬木(げばき)の桶屋の新造が、本堂の蔀戸(しとみど)が半開きになっておったので、変だなとおもいながらのぞくと、須弥壇(しゅみだん)の様子がいつもとちがうので、庫裡(くり)に声をかけ、厨子に鎮座していた地蔵像が消えていたというわけです」
壬生町奉行所の同心・角田左膳(さぜん 42歳)が、よどみなく話した。
すでに昨日、江戸からの火盗改メの同心・高井半蔵(はんぞう 38歳)に説明して、順序もおぼえこんでいたのであろう。

「げばき---と申されたか?」
「失礼しました。通町の枝町の町名です」
「その町内の桶屋の新造の名と齢は--?」
「失礼しました。名はお、齢は27です。子は上の男の子が8歳、下の女の子か5歳。もう一人ほしいと、身代り地蔵に魚断ちの願(がん)をかけての早朝お百度参りをしております」
「早朝というと---?」
「失礼しました。明けの七ッ(午前4時)参りです」

「疑わしいところはないのですな?」
「まったく、ありません」

「庫裡では、桶屋の新造に---」
「おです」
「失礼。おに告げられるまで、庫裡の者は、まったく、盗難に気づかなかったということですな?」
「さようです」

平蔵(へいぞう 32歳)が末座にひかえていた松造(まつぞう 26歳)を招き、なにことかささやくと、
角田どの。小者を太師堂まで走らせていただけませぬか。これから、拙が話をうかがいに参ると---」

本陣から大師堂までは、ほんの2丁のへだたりでしかない。

平蔵たちが山門をくぐると、痩身の住職・玄敬(げんけい 46歳)が庫裡の玄関まで迎えにでており、望みどおりに本堂へ案内した。

戸締まり、須弥壇の裏、庫裡からの渡り廊下などをひととおり眺めていたとき、松造が〔越畑(こえはた)〕の常平(つねへい 25歳)とともに、大徳利にたづなこんにゃくと干瓢巻き寿司をもちこんだ。
気ばたらきのきく常平が、庫裡から茶碗や湯呑みを人数分かかえてくる。

酒盛りがはじまった。
酒がまわったところで、隣りの住職に、
「お地蔵さまのご利益(りやく)としては、地獄苦からの抜けのほかには---」
「さよう---子授け、子安(こやす 安産)、乳足(た)り、夫婦(めおと)和合---」
「水子供養は---」
住職は、茶碗の酒を干し、
「こっそり、供養しております」

大徳利が5巡りほどしたところで、平蔵は厠を借りるふりで常平を目顔で渡り廊下へ呼び、
「明日、盗まれた地蔵像の水子供養の功徳が、どのありの村までゆきとどいているか、訊いてまわってくれるとありがたい」

座へ戻り、さりげなく、
「盗まれたご本尊の大きさは---?」
「5寸(15cm)ほどの半加(はんか)という、地蔵像ではきわめて珍しいとされているお姿でな」
「5寸ならば、おんなでも持ち運びできる---」

住職の茶碗酒を持った手がとまた。
言葉をきった平蔵が、相手の目をと瞶(みつめ)た。


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コメント

いよいよ、平蔵探偵の推理のはじまり。
手の札は、いちおう、全部、でたのでしょうか。
賊は、どこから本道へはいったか?
渡り廊下の出入り口からか。
裏にも戸があるのか?
それとも、正面の苫戸を破ったのか?
足跡は?
その朝の天候は?
もし、本堂までの道に湿り気があれば草鞋の跡が板場に残ってたいなかったか?
厨子の鍵は?

手がかりはいろいろ。

投稿: 文くばりの丈太 | 2010.10.01 05:07

>文くばり丈太 さん
シャーロツク・丈太さんほど、平蔵が目ききかどうかは、わりません。
平蔵は、人のこころを読むのが巧みな探偵ではないかとおもうのですが---。

投稿: ちゅうすけ | 2010.10.01 07:40

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