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2011.05.10

神座(かんざ)村の梅吉

爺(と)っつぁんか---?」
舟に荷を積んでいた老爺に声をかけた。

いぶかしげに平蔵(へいぞう 37歳)主従を見つめる梅吉(うめきち 60がらみ)に、
爺っつぁんから教わってきた。ちょっと、話をきかせてくれないか?」
「お武家さんは---?」
「おてつ---の幼な馴染だ」
「江戸の人か---?」
「そうだ」

松造(よしぞう 31歳)が携えていた酒徳利を見せ、舟をだす前に一杯やろう、ともちかけた。
鼻の頭が赤ずんでいる梅吉は、否といわなかった。

相賀(おおか)谷川ぞいを半丁(50m)も遡ったところに、小屋に毛がはえたほどの住いがあった。
「嬶(かか)ぁがおっちんでからは、独りぐらしでよう。なんにもねえが---」
畳もなく、囲炉裏(いろり)ばたに茣蓙(ござ)と荒むしろを敷いだけの板の間であった。

「なかなかに風流な暮らし向きだ」
「風流すぎるがね」
梅吉平蔵の評価に、はじめて笑顔を見せた。

徳利の栓を抜くと、梅吉は湯呑と茶碗をもちだしきた。
3つに注ぎ、平蔵松造が湯呑みをとったので、なみなみとはいった大ぶりの茶碗は梅吉の手にもたれた。

「おてつだが、爺っつぁんは、ほんとうの名とおもうかね?」
「------」
梅吉が茶碗ごしに平蔵を見つめていたが、見返されると目をそらし、
「幼な馴染といいなすったが、おてつさんはお武家育ちには見えなかったが---」
「失礼。行きつけの酒屋の一人むすめで、母ごが早くに亡くなっていたので、われが手習いの手ほどきをしたりして、妹同然にかわいがっていたが---」
「そんな兄貴格のお武家がいたと聞いたことがあった---それがあなたさまでしたか?」

「やっぱり、おまさだ」
おまさ---そういえば、親分がおまさと呼んだような---」
ひとり言のようにつぶやいた。

「親分とは---?」
梅吉か口を抑えた。

爺っつぁん。おまさがあの晩、みんなを案内してここへきたことは察しがついておる。そして、夜があけてから、舟で向こう岸へ渡したこともわかっておる」
「渡したのは、おてつさんと親分ともう一人だけだ」

「それでは、ここで分け前を分配したのだな」
梅吉は黙りこんでしまった。

「なにも、おまさを捕らえようとか、一味をどうこうしようというのではない。おまさのこれからに気をくばっているだけだ」

梅吉がぽつりと洩らした。
「親分は、〔のみ〕の呼ばれていた---」

ちゅうすけのひとり言】『鬼平犯科帳』巻6[剣客]に、

おまさは以前、駿河と遠江一帯を荒しまわっていた盗賊で、
〔野見(のみ)の勝平(かつへい)〕
のもとで、一年ほど〔引きこみ〕をはたらいていたことがある。p92 新装版p98
  
平蔵が江戸へ帰ってみると、〔狐火きつねび〕の勇五郎(ゆうごろう 62歳)から、おまさが一味のなかで不始末をしたから、追放したが、〔瀬戸川(せとがわ〕の源七(げんしち 66歳)が、〔野見のみ)〕の勝平(かつへい)お頭(かしら)へつなぎをつけたようだとの文がきていた。

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