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2011.10.03

西丸・徒(かち)3の組(5)

「お奉行になにを頼むのかな」
平蔵(へいぞう 40歳)には、〔東金(とうがね)屋〕清兵衛(せえべえ 40歳前)の心中は察しがついていたが、当人の口からいわせたかった。

「〔伊勢屋〕さんにもう一度、念を入れてみて、効きめがなかったら、お奉行所の手で証文をお調べいただきたいのです」
「あいわかった。その節は、遠慮なく声をかけてほしい」

けっきょく、山村信濃守良旺(たかあきら 46歳 500石 役高3000石)と面談するまでもなく、一件は落着した。
〔東金屋〕が山村信濃守の名前をちらつかせたのだ。

奉行所に根こそぎしらべられたら、〔伊勢屋〕次郎兵衛(じろべえ 48歳)の店はつぶされていたろう。

平蔵が頭(かしら)をしている西丸・徒(かち)の3の組の3人の〔伊勢屋〕への借金78両(1,248万円)は、12両(192万円)ほどに縮まった。

平蔵は黙っていたが、組のだれかが聴きつけたらしい、平蔵の株と志気はかつてないほどにあがり、全員、傍店を経由し〔東金屋〕へ蔵宿を移した。

参照】2011年9月30日~[西丸・徒(かち)3の組] () () () (

平蔵は、そのことより、もう一つのことのほうが嬉しかった。
馬の月魄(つきしろ)が、奈々(なな 18歳)に惚れてしまったらしいのである。

月魄を購(あがな)ったことを話題にした先宵、奈々は牝(めす)馬の躰位を真似た。

参照】2011年9月19日[平蔵、親ばか] (

そのあと、奈々に乗馬用の紫の野袴をつくってやった。
上の着物は、里貴(りき 逝年40歳)の地味な普段着の1枚を膝丈に仕立てなおさせた。

ある宵、平蔵が口とりを、仙台堀の北土手で、身支度をととのえた奈々に逢わせた。
「お初(はつ)さんやけど、あんじょうたのんますえ」
間のびしたような奈々の紀州弁に、なんと、月魄が鼻をすり寄せ、喉のおくから悦びの静かな喉音をもらしたのであった。
そのような歓喜ぶりを、月輪尼(がちりんに 25歳)に発露したことはなかった。
もっとも、比丘尼の京ことばには首をふって聞きいっているが---。

月輪尼も成熟した美しいおんなだが、仏に仕える身ゆえに剃髪し、白粉も紅もつけていない。
ひきかえ奈々は、仕事でもあり、頭髪油をつけ化粧もし、香ばしい匂いが躰から流れている。
馬は匂いに敏感だから、ひと嗅ぎで嬉しくなったのかもしれない。
あるいは、人間の表情を読むことに長(た)けているから、平蔵の情女(いろめ)と察し、おもねったのかも。

提灯を手にした奈々の尻を押しあげ、乗せた。
奈々が手綱をもった瞬間、月魄がとことこ駆けだした。

近所の手前、平蔵は声をあげて制止するわけにもいかず、提灯の灯を目あてにあとをつけたが見失った。
それほど月魄の脚は勇んでいた。

亀久橋の北詰で、無事を念じなら待つしかなかった。
三の橋通りの屋敷にだけは帰ってくれるなと祈ってもいた。
月魄に乗った奈々を見たら、久栄(ひさえ 33歳)が逆上しかねない。
醜態を予想し、覚悟をきめた時、灯と脚音が聞こえてきた。

月魄から降りた奈々が頬ずりし、長い首をたたくと、月魄は何度も前足を足ぶみして興奮を伝えた。
平蔵にはこれまで見せたことのない月魄のしぐさであった。

「どこまで行ってきた?」
「大川への水門のところで、この子が引き返してくれたん」

と、奈々が身をかかがめて月魄の腹の下へ入り、伸びかけている太い男根を舌で嘗(な)めた。
それは、ますます伸びた。

腹の下からでてきた奈々が月魄に話しかけた。
「受けてあげたいけど、うちには無理や。いいお嬢さんを見つけてもらい」
月魄の目の涙に月光がゆれた。

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