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2005.05.25

〔砂蟹(すながに)のおけい

『鬼平犯科帳』文庫巻12に収録されている[高杉道場・三羽烏]に、名古屋の役者くずれの盗人〔笠倉(かさくら)〕の太平を誘い込んで、浪人盗賊・長沼又兵衛一味の大仕事を助(す)けさせる女盗賊。自分でも手下5,6人の小さな組織をもっている。
(参照: 〔笠倉〕の太平の項)
(参照: 剣友・長沼又兵衛の項)

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年齢・容姿:40がらみ。でっぷりとした躰つきで、町女房風のこしらえ。
生国:まったくの類推だが、備中(びっちゅう)国哲多郡(てつたごおり)石蟹(いしが)村(現・岡山県新見市石蟹)
おけいの「通り名(呼び名)」の「砂蟹」は『大日本地名辞書』にも『旧高旧領』にも『郵便番号簿』にも記載されていない。池波さんがどこから連想したかを推理して、「蟹」に注目した。「石蟹(いしが)村」(上記)、「蟹穴(かにあな)村」(肥後国菊池郡)「蟹沢(かにさわ)」(信濃国水内郡)、「蟹江(かにえ)」(尾張国海東郡)など。
うち、「蟹江」は、粂八役を演じている蟹江敬三さんのこともあるが、かつては牟田悌三さん、寺尾聰さん、藤巻潤さんなどが演じてい、〔砂蟹〕の「通り名」は松本白鴎丈の第1次テレビ化からつけられていた。
上記のうち、「石蟹」がもっとも安易だと観じた。「石」に「少」をつけたせば「砂」になる。付会は承知のうえだが、浪人盗賊の長沼一味が中国筋をテリトリーとしていたこととも関係がつく。

探索の発端:船宿〔鶴や〕をまかされている〔小房(こぶさ)〕の粂八は、かつて兇盗〔野槌(のづち)〕の弥平の下にいたとき、引き込みをしていた〔砂蟹(すながに)〕のおけいを見知っていた。
(参照: 〔小房〕の粂八の項 )
その女賊おけい(40がらみ)が、〔笠倉(かさくら)〕の太平と〔鶴や〕で打ち合わせを兼ねて逢引きをしているのを、粂八は隠し穴から聞き取った。

結末:襲った巣鴨の徳善寺(架空)で、長沼又兵衛は道場仲間だった鬼平蔵に斬り殺され、一味と〔笠倉〕の太平は捕縛された。
おけいは、日本橋・住吉町の竃(へっつい)河岸の奥の隠れ家で捕まった。

つぶやき:この篇は、おけいと太平が演じる軽妙な濡れ場は読者サービス。
主題は、高杉銀平が皆伝を与えてくれなかったのを根にもった長沼又兵衛が、皆伝書を盗んで逐電したところにある。銀平師ががえんじなかったのは、又兵衛の資質に難を見たからである。
同巧の短篇が[剣法一羽流](初出『小説倶楽部』1962年11月号。のち『剣法一羽流』講談社文庫)である。

備中・石蟹村の命名のゆえんは、上古、吉備津彦命が蟹桘師を退治したとの伝承によると。

石蟹村を出たおけいは、やがて〔野槌(のづち)〕一味に加わり、江戸で引き込みをつとめるが、備中訛りをどこで矯正したものか。また、江戸住まいの人びととあるていどの会話が通じるようになるまでに何年かかったろう。

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コメント

砂蟹の由来、新見市石蟹へたどり着いた先生のご推理、なるほどと納得いたしました。
長沼又兵衛のお盗めは中国筋でしたから。

今までアップされた盗人達の最南端は岡山県で、山吹き屋お勝と砂蟹のおけいです。

石蟹を地図で見ましたら、伯耆大山と倉敷を結ぶ伯備線のほぼ中間「新見」より一駅倉敷よりの所でした。

吉備路の奥の中国山脈の山間の村かと思いますが、このあたりそんなに訛りが強かったのでしょうか。

現代の備中岡山のあたりの言葉には、少し特徴はありますが、訛りというほどではないのですが、当時はどうだったのでしょう。

投稿: みやこのお豊 | 2005.05.25 22:01

>みやこのお豊さん

石蟹は、吉備国の山奥ですね。
津山女子短大の講師をしたことがあり、このあたりの方言は、山陰地方でも、京都なまりの影響があるようにおもいます。

ぼく自身は鳥取市の育ちですから、ほとんど聞き取れましたが、江戸人からすると、ずいぶん間のびした言葉に聞こえたでしょうね。

米国のディープ・サウスを旅したとき、ワシントンから来た人が、老女が話す深南部特有ののばす発音を、やはり、聞き取りにくがっていました。

投稿: ちゅうすけ | 2005.06.02 03:36

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