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2005.12.17

〔かめや〕利兵衛

『鬼平犯科帳』文庫巻7に所載[隠居金七百両]で、4年前に病いのためにお盗めがつづけられなくなった〔堀切(ほりきり)〕の次郎助(58歳)は、大盗〔白峰(しらみね)〕の太四郎(72歳)に30年間仕えた労として、雑司ヶ谷の鬼子母神・参道の茶店〔笹や〕を買ってもらい、関宿から呼び寄せたむすめのお順と商売をつづけていた。
(参照: 〔堀切〕の次郎助の項)
(参照: 〔白峰〕の太四郎の項)
お順は15歳になるまで、関宿で饂飩屋〔かめや〕利兵衛夫婦に預けていた。というのも、利兵衛はもとは〔ひとりばたらき〕の盗賊だったが、引退して30も年下の女房をもらい、夫婦で店をきりもりしていた。男の子ももうけていた。
一方の次郎助---40をこえたばかりの頃、上方での大仕事を終えると、いっしょにお盗めをしたことがある利兵衛の店へ隠れた、そのとき、店の小女おきんに手をつけて生ませたのがお順というわけ。
おきんもお順も利兵衛夫婦にあづけっぱなしだったが、おきんは27歳のとき病没、利兵衛老人も1昨年(寛政2年 1790)の夏に85歳で大往生をとげた。
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旧東海道・関宿の亀山側

207

年齢・容姿:没年85歳(寛政2年 1790)。容姿の記述はない。
生国:「通り名(呼び名)」が記されていないので、店名の〔かめや〕から推測する。関宿には「亀」のつく部落はなかったし、盗賊が生国へ引退してはとかくやばい。
金まわりに不自由しないことを妬んで妙な噂を立てられたり、幼馴染に酔ったいきおいでぽろっとお盗めのことを洩らしかねない。
尾張(おわり)国海西郡(かいせいこおり)亀ヶ地新田(現・愛知県海辺郡十四山村亀ヶ地)生まれとしておく。

探索の発端も結末:池波さんは、賛辞・感嘆をこめて書いている。
利兵衛老人は一昨年の夏に、八十五歳の長寿をたもち、
「あれこそ、真の盗人の最期だ」
といわれるほどの大往生を、我家の畳の上でとげたのであった。

つぶやき:利兵衛が引退したのは60歳ごろであろうか。30も年下の女房おしかをもらったというから、この篇のとき、おしかも57歳のいいばあさんになっていた。息子も25,6で、嫁もきていたろう。
そこへ、17歳のお順が戻っていくと、また、ひとつのドラマが発生しそう。

85歳で大往生をとげた利兵衛だが、引退して25年も経てば、盗賊の世界とはほとんど没交渉になっていたはず。だれが「あれこそ、真の盗人の最期だ」と賛嘆したんだろう? 池波さん?

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