〔夜針(よばり)〕の音松
『鬼平犯科帳』文庫巻13のタイトルになっている[夜針の音松]は、臨時ごしらえの小人数で急ぎばたらきをしてのける兇賊である。組むのは2,3人だから、手がかりもほとんど残さないし、身軽にいたるところへ出没する。
その〔夜針(よばり)〕の音松が、僧衣すがたで青山の百人町の通りを歩いていたと同心・松永弥四郎へ密告(つ)げたのは、密偵の岩吉だった。
頭を丸めて僧姿となった松永が探索にとりかかった。
年齢・容姿:40がらみ。どこに目鼻がついているかわからないほど色黒。小男。
生国:不明。
探索の発端:渋谷の大祥寺の近くにある密偵・岩吉の家へ泊り込んで探索にあたっていた同心・松永弥四郎の眼は、青山から笄橋(こうがいばし)のほうへやってくる尼僧に化けている娼婦おきね(22,3歳)を見逃さなかった。
麻布・笄橋(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)
おきねは、根津権現門前町の娼家〔大黒屋〕にいた女で、客にレイプされる形式で身のまかせる。その刺激の強さと達成感は、一度味を覚えると男はもう忘れがたくなるという。松永もその1人だった。
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根津権現社・部分((『江戸名所図会』より 塗り絵師:同上)
数度通ううちに、およねは身受けされたということで〔大黒屋〕から姿を消したのであった。
尼僧姿のおよねを尾行(つ)けていくと、桜田仲町の法雲寺と円福寺の間を入った古びた尼寺に消えた。そしてひそこには、探していた〔夜針〕の音松もいたではないか。
結末:レイプもどきをふざけあっている2人に、松永はなんなく縄をかけることができた。旅僧姿ですでにいくつかの寺へ宿泊を頼んでは盗みをはたらいていた。死罪であろう。
つぶやき:〔夜針〕の「通り名(呼び名)」は『旧高旧領』ほかの地誌にも収録されていない。池波さんはどこからおもいついたのかを思案していて、「ゆばり」---寝小便に漢字をあてたのではないかとおもいついた。そういえば『剣客商売』文庫巻7に[江戸ゆばり組]の篇がある。
が、この思いつきはすぐに捨てた。40男に寝小便は似合わなし、生国にも結びつかない。
生国は不明とした。不明と決断することで長年の胸のつかえも消えた。
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