19歳の〔掻掘(かいぼり)〕のおけい(2)
〔掻掘(かいぼり)〕のおけい(20歳がらみ)が出ていってから、銕三郎(てつさぶろう 25歳)が訊いた。
「あのおけいは、どの頭(かしら)の下で盗(つと)めていているのだろう?」
〔鶴(たずがね)〕の忠助(ちゅうすけ 50歳がらみ)が、じろりとにらんで答えた。
「銕っつぁん。訊かねえ、言わねえ---って、つきあい方もありやすんで」
「すまなかった。訊かなかったことにしておいてほしい」
「盗(つと)めは辞めたといっても、むかしの仲間への義理ってもんもござんすので---」
「承知しているつもりであったが、つい、口がすべった」
そろそろ、呑み客がくるころなのに、どこまで使いに行っているのか、おまさ(14歳)が帰ってこないので、銕三郎は、如意輪観音のお札の礼の言葉を忠助にたくし、〔盗人酒屋〕を出た。
竪川ぞいの北河岸を三ッ目ノ橋のほうへ歩いていると、柳原町1丁目の小間物屋〔川越屋〕から、
「銕っつぁんの旦那」
呼びかけたのは、20歳のおんなには似合わない乾き気味の声の〔掻掘〕のおけいであった。
(煙草の吸いすぎだ)
銕三郎の家では、だれも吸わないから、よけいに気になる。
「先刻は失礼いたしました。お家は、こちらのほうでございますか?」
「そうだが、おけいどのは?」
「深川八幡宮境内の二軒茶屋〔伊勢屋〕さんのお世話になっております」
「それでは、三ッ目ノ橋をわたったほうが近い---」
「いいえ。きょうは非番なので、帰りが遅くなってもかまわないのですよ」
「おつきあいしたいが、これから、御厩(おうまや)河岸まで、野暮用に参るので---」
「お差し支えなければ、ごいっしょさせてください」
「拙はかまわないが、おけいどのは、人目につくと困るのでは?」
「いいえ。ちっとも。銕っつぁんこそ、こわい女性(ひと)がいらっしゃるとか---」
「まあな」
とんだ行きがかりで、新辻橋のたもとから猪牙(ちょき)舟を雇った。
並んで座ると、おけいは腕をとって太ももへおかせ、右胸を押しつける。
銕三郎の躰に雷に打たれかとおもえるほどの稲妻が走った。
おんなの躰がこんなに柔らかいものとは!
舟の揺れにあわせたように、、
(骨がないみたいに包みこんでくる、とはこのことだ)
おけいは、銕三郎の肩に躰をあずけ、袴の前においた掌を開いたり握ったりして触れる。
たちまち股間が緊張しはじめた。
それと察していながら白々しく、その掌を拍子とりの動きに変え、
袴を打ちながら小唄を口ずさむ。
三笠の松はしょんがいな
ほれ、しょんがいな
待つとしっていて、背伸びをわすれ---
舟着きで舟からあがるとき、わざとよろめいて、手をかした銕三郎に真正面からすがりつき、両の乳房をもろに押しつけた。
茶店〔小浪〕に入るまで、こんどは横からすがりついている。
驚き顔の小浪(こなみ 31歳)に目くばせした銕三郎が、
「おけいどの。拙のこわい情人(いろ)の、小浪でござる」
(歌麿 小浪のイメージ)
おけいは、小浪の美貌にたじろいだ。
「おけいはんといわはりますの。うちの銕がえろうお世話なったみたいで、おおきに。もう、お返ししてくれはったかて大事おへんえ」
つぎの渡し舟がでるのを機(しお)に、仏頂顔(ぶっちょうがお)のおけいが立ち去った。
小浪が供した茶に手もつけていなかった。
舟が大川の半ばまで達したのを見とどけた銕三郎と小浪は、声をそろえて笑った。
「あ、ははは」
「お、ほほほ」
杭に翼を休めていた都鳥が驚いて飛び立った。
それで2人は、また、笑いなおした。
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