〔信濃屋(しなのや)〕久兵衛
『鬼平犯科帳』文庫巻9の[狐雨]は、狐憑きになった同心・青木助五郎が主人公の篇だが、この青木同心を伴って谷中・天王寺門前のいろは茶屋〔近江屋〕で遊ぶのが、神田明神下の小間物屋〔信濃弥屋〕久兵衛である。
神田明神社(『江戸名所図会』より 塗り絵師:西尾 忠久)
10年前に盗みの稼業から足を洗い、6年前に現在地で開店。年取った番頭と若い者2人に店をまかせている。浅草・駒形町の眼鏡屋〔信濃屋〕文七は弟だが、じつは〔稲熊(いねくま)〕の音右衛門という現役(いまばたらき)の本格派の盗賊である。
(参照: 〔稲熊)の音右衛門の項)
継父のことで若いころの青木助五郎がぐれていたときに、稲熊兄弟が面倒を見てやったことがある。
年齢・容姿:60がらみ。穏やかで上品な風貌。
生国:三河(みかわ)国額田郡(ぬかたこおり)岡崎在の稲熊(いなぐま)村(現・愛知県岡崎市稲熊町)
現地の鎮守が稲前(いねくま)神社。
三河の出身にもかかわらず、兄弟とも〔信濃屋〕の屋号をつけたのは、生国を誤魔化すためか。池波さんは岡崎近辺に土地勘があるから、間違えるはずはない。
もっとも、『江戸買物独案内』(文政7年 1824刊)の下の広告に影響されたか。
探索の発端:鬼平の長男・辰蔵が、谷中・天王寺門前のいろは茶屋で遊興していた同心・青木助五郎を見かけた。火盗改メの手当てが別に出るとはいえ、30俵2人扶持の分際でいろは茶屋などで遊べるはずがない。辰蔵が〔近江屋〕で聞きだしたところによると、青木同心は旅籠町の小間物屋〔信濃屋)久兵衛と連れ立って上がったのが最初とのこと。
結末:青木同心に憑いた天日狐が、〔稲熊〕の音右衛門のことを告げ、逮捕に。久兵衛のことは記述がない。
つぶやき: 〔稲熊〕兄弟は、青木助五郎が火盗改メの同心であることを知っていながら付きあっていた。つまり、畜生ばたらきの盗賊たちを火盗改メへ売るとともに、〔稲熊〕一味へ嫌疑の目が向けられないように情報操作をしていたといえる。
盗人側も高度な情報操作が必要なことを、この篇は暗示する。
現地訪問リポート
参照の項にあげた〔稲熊〕の音右衛門に掲載。
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コメント
面白い推理
出身地を隠すためか、広告に引っ張られたか
という推理はさすがです。
著者の気持まで迫っていないと
とても思いつかない。
しかし、「信濃」という地名は、いろいろなところに出てきますね。思わず反応してしまいます。
話は変わりますが、先日NHKの「道中でござる」でしたか、長谷川雪丹の挿絵を照会していました。改めていいな、と思いました。
激励、ありがとうございました。
投稿: ヌマピー | 2006.02.06 13:13
>ヌマピーさん
そのとき、池波さんはなにを考えていたか、どんな資料を開いていたか---を類推するのは、ほんとうの小説の読み方ではないのですが、つい、クセで、そっちへ行ってしまうのです。
やはり、小説は、作品そのものの魅力を感じ取りながら読むべきなんでしょうね。
投稿: ちゅうすけ | 2006.02.07 06:45