お静という女(2)
横のお静(しず 18歳)の横顔をながめながら、銕三郎(てつさぶろう 21歳)は、ある感慨にふけっている。
(国芳『江戸錦吾妻文庫』部分 お静のイメージ)
女躰と情熱を共にしたのは、3年ぶりだった。
3年前は、芦ノ湯の湯治宿のむすめ・阿記(あき 21歳=当時)と、思いがけなくむすばれ、三島から鎌倉まで、4日ほど、いっしょに旅をした。
嫁に行って3年、子宝にめぐまれなかった阿記が、その4日のあいだ---というより、阿記のいい分だと、最後の夜、於嘉根(かね)をみごもって、縁切り寺で産んだ。
(国芳『葉奈伊嘉多』部分 阿紀とのイメージ)
まだ一度も会ったことのないわが子の於嘉根は、阿記とともに実家にいる。
3歳である。
それなのに、こうして、お静とできてしまった。
この女(こ)を嫌いではない。
むしろ、17歳という若さで、家のためとはいえ、45,6歳の中年男、しかも盗賊の頭(かしら)の囲われ者になったことに同情はしている。
だが、人の運命はいろいろである。
(きょうの雷鳴の中でのことが、お静の人生を狂わせなければいいが---。身ごもっていたら?)
(いかん!)
「静どの。起きなさい」
「いい気持ち。もうすこし寝させていてくださいな」
「そうもしておれないのです。風呂場へ行こう」
「あら、どうして? 湯は沸いていませんよ」
「もし、孕んていたらどうします?」
「だ、い、じょ、う、ぶ」
「どうして、そう、きっぱりと言えるのですか?」
「女には、わかるのです。でも、どうして、沸いてもいない湯へ?」
「洗うのです。水で洗い流すのです」
「そんな---長谷川さま、3日後に、旦那がいらっしゃいます。仮に、ややができていたとしても、旦那の種と言いはれます」
「お静どの---」
「お願いですから、2人だけのときは、お静とだけ、呼んでください」
「では、拙のことも、銕三郎と---」
「銕さま、にします」
たよりなげな憂(うれ)い顔で、自分の考えをいうより、男の言いなりになっているようなお静の、別の一面を見たおもいだった。
(女は強い。いや、相手まかせのふりをして、ちゃんと、自分なりの生き方をするすべを身につけている)
そうおもいいたると、阿記が於嘉根を長谷川家にわたさなかったことも、なんとなくわかったような気がする。
初夏の明るい陽ざしが、蚊帳の細かい網目の影を、お静の白い肌に投げかけている。
雷雲はすっかり去ているらしい。
「銕さま。お力はもどりましたか?」
「えっ?」
「ここ---」
お静は、銕三郎のものを、やさしくつかんで、力(りき)ませる。
「好きあっている若い者同士が、自然にすることを、もう一度---」
終わって、しばらく恍惚としていたお静が、蚊帳からするりとでて、薄物をまとった。
「風呂を焚きつけてきます。お里がいるとやらせられるんだけど、いればいたで、こうは、おおっぴらに抱き合えないし---」
(歌麿 蚊帳から出た女 お静のイメージ)
着物をまとうと、1,2歳若くなり、齢相応に見える。
〔狐火(きつねび)〕の勇五郎がきている時の、夜の気づかいの結果が裸躰にあらわれているようだ。
その気配は、湯屋で、お静の裸躰を、見るともなく見たときに、より強くなった。
まだ、日没までたっぷり間があるので、風呂場が明るいせいかも知れないが、18歳のむすめらしい張りが、肌から消えている。
午後の遅い陽をうけた、腕のうぶ毛が金色に光っているのが、いたいたしい。
〔狐火〕の勇五郎は、よほどに風呂好きか、あるいは湯殿での情事が好みとみえて、妾宅の少ない部屋数の割には、不釣合いなほど広い風呂場に改築させ、外の明かりもしっかりとりこむようにしていたのである。
(国芳『野光の玉』部分 お静のイメージ)
三島での風呂で見た芙沙(ふさ)は、25歳の後家だったが、それでも、いまのお静よりもつやのある肌をしていたようにおもう。
乳房のふくらみも量感があったかも。
もっとも、14歳の時の、銕三郎としては初体験といえる女躰だし、7年間、おもいだすたびごとに美化しているはず。(右絵:歌麿『美人入浴図」 お芙沙のイメージ)
【参照】2007年7月16日[仮(かりそめ)の母・お芙沙(ふさ)]
そうなんだ、接した女の躰のどの部分であっても比較しては、男として、抱く資格がない。
いま抱いている人を、これこそ最高の女躰とおもいきわめて睦む。
(そうでないと、おれに抱かれて、せっかく、18歳のむすめのこころにもどろうとしているお静に失礼だぞ)
自分に言いきかせる。
「長谷川さま。若いむすめと若い男は、湯殿では睦みませんか?」
そこにあった糠袋で躰を洗っている銕三郎に、お静がしなだれかかった。
「静どの。どうせ、夜になっても着物と袴が乾いていませぬ。どこかの暇な年寄りにでもお使い賃をわたし、拙の屋敷へ、今夜は帰らないと告げにいってもらいます。だから、そのときに、ゆっくり---」
「お泊りくださるのですね。一晩中、いっしょなんですね。うれしい」
お静は、銕三郎の小さな乳首をちゅっと吸ってから、湯桶に躰を沈めた。
【ちゅうすけのつぶやき】
長谷川家のような400石取りの旗本の嫡男が外出する時は、ふつうなら、家僕が付き添う。
しかし、お静の手習い師範のように、行き先と用件がはっきりしている場合は、省略することがある。
省略した時にきょうのような突発的な不都合(?)ができると、連絡手段にあわてる。
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