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2008.09.17

本多組の同心・加藤半之丞

加藤さま。その後、茶問屋〔岩附屋〕へ押し入った賊の手がかりは---?」
銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)が、ささやくような声で訊いた相手は、先手・鉄砲(つつ)の16番手の本多組の同心・加藤半之丞(はんのじょう 30歳)である。

参照】[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] (5) (6) (7)

本多組は、組頭(くみがしら)の本多采女紀品(のりただ 55歳 2000石)が、去年(明和4年(1767)8月9日)に、再度の火盗改メを命じられ、組下60名が任務についている。
すでに書いたが、先手組の同心は32組とも30名がきまりだが、鉄砲の1番手と本多組の16番手にかぎり、なぜか、50人配備されている。
ふつうは、火盗改メが発令されると、無役の小普請組から数名、助っ人を補充するが、本多組はそれをしないでもまかなえている。

加藤半之丞がきているのは、永代橋東詰の居酒屋〔須賀〕。
銕三郎が、呼び出した。

半之丞は、本多組では書留(かきとめ)役・同心だから、よほどのことがないかぎり、見廻りとか捕り物にでることはない。
火盗改メ方のあいだは、小日向の切支丹屋敷下の組屋敷と本多邸の表六番町を往復しているだけなので、たまに、深川へ出むけて、喜んでいる。

〔須賀〕の亭主は、元・箱根の荷運び雲助の頭株・〔風速(かざはや)の権七(ごんしち 36歳)で、店は女将(おかみ)のお須賀(すが 30歳)がとり仕切っている。

参照】[明和3年(1766)の銕三郎] (2)

加藤同心は、盃を銕三郎に返して、
「押し入った賊は13,4人のようですが、〔神田鍋町〕かいわいの見張りとか、高輪・牛舎の火牛の手配、江戸湾の松明での伝送、下谷新寺町の広徳寺の支院・徳雲院でのボヤ騒ぎ、北本所の如意輪寺門前の火事などが同じ時刻であったことから、一味は20人はいたのではないかと---」

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(下谷・広徳寺と支院 『江戸名所図会』 塗り絵師:ちゅうすけ)

「20人もですか?」
そう、言葉をはさんだのは権七であった。

「そう。20人がかりでないと、ああいう大仕事はできまい---というのが、大方が見たところですよ」
加藤さま。そう思わせるのが、賊の狙いかもしれません」
銕三郎の意見に、
長谷川どのには、別のお考えがおありのようですな」
「先んじて戦地に処(お)りて敵を待つ者は佚(いっ)す(先に戦いの場に陣を敷いていて、相手方の着到を待つ側は楽だ)---と、『孫子』も言っております。賊の中に『孫子』を学んでいる者がいるとは、考えられませぬか?」
「む?」

加藤さまのご一族で、文昭院殿(六代将軍・家宣 いえのぶ)さまの桜田の館(甲府藩公の上屋敷)で召された方がおられるのでは?」
「なぜ、それを---?」
「やはり---じつは、甲州へ行ってまいったのです。甲府城下で、加藤姓の勤番方にご縁のあるご仁と知り合いました。そこで、加藤姓の勤番士の祖が桜田の館に召されていたことを知ったのです。多分、その加藤うじは、武田信玄公の麾下におられた方の引きで召されたのだとおもいました」

参照】[本多作四郎玄刻]2008年6月30日[平蔵宣雄の後ろ楯] (15) (16)
2008年8月18日[〔橘屋〕のお仲] (5)

「甲府へ参られたのは、先日、ご依頼を受けた継飛脚(つぎひきゃく 幕府効用の飛脚便)にまぎれこませた書状にかかわりがありますか?」
「はい。あれは、大叔母の甥ごの仁で、甲府勤番支配をしておられる八木丹後守補道(みつみち 55歳 4000石)さまへの書状でした」
「ご用は達せられましたか---?」

「おおむね---」
「武田軍学ですか?」
「かの地に、いまなお、深くしみこんでいることがわかりました」
「そのことと、〔岩附屋〕へ押し入った賊とのかかわりあいは---?」
「それは、しかとはしませぬが、中山道の主だった宿場で、この10年のうちに、賊に襲われた事件をお調べになってみてはいかがかと---」

長谷川さま。なぜ、そのことを本多さまへじかにお話になりませぬ?」
「申しましたとおり、しかとは分かってはおりませぬゆえ、とりあえず、加藤さまと例繰方(れいくりかた 記録調べ役)の岡野与力さまでおこころあたり下調べをしていただいてから、と---」

「ほかにも、なにか、お考えがおありなのでは---?」
「〔岩附屋〕に押し入るにあたって、仮りに20人を動員したとして、獲物は800両となにがし。次の仕事(つとめ)仕込みに400両をのけると、分け前は、ならすと1人あたり20両(約300万円)にしかなりませぬ。配下たちは、とても納得できないでしょう」
「仕込みに400両も---?」
「それでも、少なすぎる見積もりです」
「少なすぎる---?」
「この賊の頭は、商人宿をつぎつぎと買い取っているのです」

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(〔中畑(なかばたけ)〕のお竜が頼りを寄越した高崎宿
広重 『木曾海道六拾九次』のうち)

参照】[〔中畑(なかばた)のお竜] (7) (8)

参照】同心・加藤半之丞 2008年2月20日~[銕三郎(銕三郎)、初手柄] (1) (4)
2008年9月3日~[蓑火(みのひ)〕のお頭] (6) (7)

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