銕三郎、ニ番勝負(4)
「盗賊一味の浪人が使う居合とな?」
小野田治平(じへい 40歳前後) が、細い目をさらにせばめて銕三郎(てつさぶろう 24歳)に問いかけた。
「はい。その防ぎ手を考案いたしたく---」
「仕手(して)役は、この左馬めが勤めますゆえ、ご教授を---」
岸井左馬之助(さまのすけ 24歳)も脇からたのんだ。
不伝流居合の遣い手の小野田によると、その浪人が、これまでたびたび商店に押しいってきているとすると、刃先が天井や欄間にあたらないように、太刀を縦にはふるわず、横に遣ってきていよう。
したがって、咄嗟の斬りあいにも、横遣いをするはずである。
「銕三郎どのは、横から切り上げてくる太刀を撥ねあげ、斬りかえす技を会得なされ」
実際に、真剣を腰に切り上げてみせた。
三度、模範を示したあと、左馬之助にやらせ、鯉口のひねりかげんや右手の握り方まで、勘どころを何度も口伝した。
もちろん、左馬之助も一刀流の皆伝を許されている上、高杉師から居合術も伝授されているので、会得は早い。
銕三郎と左馬之助と刃をつぶした太刀で、夕暮れまで、抜いては受け、斬り上げては撥ねかえして左手をうつ稽古をつづけた。
汗びっしょりになって刀を収めた2人を、
「だいぶ、コツがのみこめたようだ。明日には、新工夫を加えるように---」
小野田治平が、細い目に笑みをたたえてはげました。
「左馬さん。夕餉を食べによらないか?」
銕三郎が誘うと、
「願ってもないこと。春慶寺での精進料理がつづいていて、そろそろ、---とおもっていたところだ」
左馬之助が、一も二もなく応じた。
高杉師と小野田食客へ挨拶をすませた。
横川の東ぞいを新辻橋へ向かいながら、話すことは、居合についてであった。
「左馬さん。右手で太刀をすべらせ、左手を添えるのはどのあたりかな?」
左馬之助が立ちどまり、左手で腰の鞘をひねり、右手で見えない剣をぬきざま空を斬りあげてから、左手を添える態(てい)をしてみせた。
「拙が撥ねたときは、左手は、やはり、柄にかかっていず、構えなおしたときだな」
「そうなる---」
「うむ」
夕暮れの幕(しばり)が横川にも降りてき、水面が黒ずんでいる。
異変は、牧野遠江守康満(やすみつ 信濃・小諸藩主 1万5000石)の下屋敷前の辻番所をすぎたところで起きた。
辻番所のあかりがとどかなくなった下屋敷の陰から、小柄な影が、すっと出てきて、2人の前に立った。
「長谷川どのは、どちらかな?」
「拙だが---」
「備州・岡山の浪人、川崎栄五郎(えいごろう)でござる」
「おお。そなたが---」
「お手くばりのお礼を申しのべる」
と言うより先に、太刀が風を切ってきた。
銕三郎は、左足を引いてかわすとともに、抜いた、
一撃を仕そんじた栄五郎が、柄に左手をゆっくりとそえた---瞬間。
ぱっと踏みこんだ銕三郎が、相手の左の親指を斬り、そのまま体あたりをして、駆けぬけた。
栄五郎が向きを変えたときには、左馬之助も、その背後で抜いていた。
「川崎うじとやら。好意でしたことのお礼がこれか」
銕三郎が、正眼にかまえたままで言う。
「好意だと? とんだ恥さらしであったわ」
「それは、そちらが、火盗改メをみくびって、投げ文などをしたからだ」
「しゃらくさい」
「指の手当てをなされよ。われらは、このことをなかったことにするゆえ」
栄五郎の親指からは血が吹き出ていた。
第一関節から先がなくなっていたのである。
栄五郎が舌うちして刀を鞘の戻し、指を、懐紙でおさえたまま、北へ去っていった。
【参照】2009年2月26日~[銕三郎、二番勝負] (1) (2) (3)
2008年12月21日~[銕三郎、一番勝負] (1) (2) (3) (4) (5)
【参考】2009年2月17日~[隣家・松田彦兵衛貞居] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) 9)
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コメント
コメントはご無沙汰していました。
でも、拝読はずっと続けていましたよ。
鬼平ファンにとって、ここは宝物のブログですもの。アクセスしない日はありません。
ただ、あまりに濃い内容なので、つい、口が出ないのです。多くのファンの方もそうだと思います。
ですが、これからは、もっとコメント書くようにしますから、ちゅうすけさんも頑張ってください。
投稿: kayo | 2009.03.01 05:31
>kayo さん
おはげましのコメント、ありがとうございました。
このブログは、銕三郎が火盗改メになるまでつづけられたらつづけるつもりです。
あと、何年かかりますか。
したがって、資料類も、あとで研究なさる方のためにも、全部明かしておく必要があるとおもっています。
どうか、ごいっしょに、愉しみながら深めてください。
投稿: ちゅうすけ | 2009.03.04 07:27