一刀流杉浦派・仏頂(ぶっちょう)(4)
竹刀を構えるとともに、半歩引いた銕三郎(てつさぶろう 25歳)は、右肩上に八雙(はっそう)上段にとった。
道場の板壁にそって正座して観戦している岸井左馬之助(さまのすけ 25歳)が、おもわず、
「ほっ」
小さな嘆声をもらした。
隣座の井関録之助(ろくのすけ)は、息をとめて、2人のつぎの技を見つめている。
対している浅田剛二郎(ごうじろう 32歳)は、銕三郎の髷(まげ)にじっと視線をすえ、正眼のままである。
門弟たちは、みな退出させられ、道場には5人だけであった。
5人目は、審判役の道場主・高杉銀平(ぎんぺい 65歳)である。
銕三郎との年齢差は40歳。
道場の大川に面した格子窓から、西日がさしこみ、相対している2人の影を長くつくっている。
どれくらいの刻(とき)がすぎたろうか。
録之助が息を吐いたとき、
銕三郎の竹刀が浅田の面上へ落ちると同時に、浅田の竹刀が銕三郎の左肩にきまっていた。
「それまで。相撃ち」
高杉師が両手で2人を指した。
その瞬間、浅田剛二郎がその場に膝をつき、
「いえ。長谷川うじの勝ちでございましょう。一瞬早く、面を撃たれましてございます」
「違うな。一瞬の差もなしの、相撃ち」
高杉師が、ゆっくりといい、
「双方、汗を流して、居室のほうへくるように。岸井も井関も相伴いたせ」
先に道場を出て、隣りの居室へ消えた。
銕三郎と剛二郎は、ただにらみ合っていただけに近いのに、汗びっしょりであった。
井戸水で躰をぬぐい、師の居室へ伺うと、婆やにでもいいつけてあったのか、酒肴の用意ができていた。
高杉師は、浅田の盃を満たしてやりながら、
「相撃ちでないとおもわれた根拠(わけ)は---?」
盃を置いた浅田が、
「はい。長谷川うじは、気を消して撃ってこられました。一刀流杉浦派の秘太刀・仏頂(ぶっちょう)は、気を殺されると、どうしても後手(ごて)にまわります」
「なるほど。長谷川が八雙上段にとった理由(わけ)は?」
「仏頂の名は、笠間の山の名と聞きました。それで、吹きおろす山風をおもいつきまして---」
「うむ。ところで、長谷川は、笠間城下へ行ったことがあるのか?」
「いいえ。ございませぬ」
「よくぞ、察したの」
「浅田うじのお人柄を手がかりに---」
「左馬も録も、いまの長谷川の言葉を肝に銘じておくように」
「はい」
「銘じました」
浅田が、あわてて、
「長谷川うじ。買いかぶられましたな」
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