用心棒・浅田剛二郎(4)
「浅田うじ。貴殿が盗賊だとしたら、どういう手できますか?」
すべての手配が整ったことを伝えるために、浅草田原町(たはらまち)の質店〔鳩屋〕を訪れた銕三郎(てつさぶろう 25歳)が、用心棒・浅田剛二郎(ごうじろう)を近くの蕎麦屋へさそいだし、声をひそめて訊いた。
「まず、日時は、人影が認めにくい新月ですな」
「まさに---。一番近い新月は3日後。そのつぎは如月(きさらぎ 陰暦2月)の新月」
銕三郎が相槌をうち、
「配下たちに連絡(つなぎ)をつけているとすると、3日後の夜では、いかにもあわただしい」
「目くらましの放火をするとして、その賊に善意があれば、北風がまだ強い3日後より、1ヶ月先の如月(きさらぎ 陰暦2月)のほうが---」
剛二郎の言葉をうけた銕三郎が、復習してきたばかりの『孫子』をひいて、
「---火を発するに時あり、火を起こすに日有り---というが、大事にいたらさないためには、『孫子』の逆をということになる---」
「左様です。『孫子』は、乾いたときといっていますが、春雨の夜だと広がりが少なくてすみます。また、風の強い日を〔宿(しゅく)〕といってすすめておりますが、善意の賊なら、風のないでおる晩をえらぶでしょう」
銕三郎はうなずき、剛二郎が軍法にもくわしいのをみて、安心した。
「で、放火の場所の読みは?」
「先手の夜廻り組をおびきよせるには、田原町から離れていて、しかも大火事にしないために、風下に人家がないところ---というと、神田川に南面している平右衛門町あたりでしょうか」
「たしかに---あのあたりも町家ばかりで辻番所がない」
「首領が率いる本盗(ほんづと)め組は、大川を舟でやってきましょう」
「竹町の渡しの舟着きにもやっておく」
「駒形堂か、そのあたりです」
(大川側から見た駒形堂 近くに竹町の渡し 『江戸名所図会』
塗り絵師:ちゅうすけ)
「ご存じの岸井左馬之助(さまのすけ 25歳)と井関録之助(ろくのすけ 20歳)を助っ人として、泊り込みさせましょう」
「いや、それにはおよびませぬ。手前一人のほうが、気づかいなく戦えます」
「しかし、賊の側が浅田うじを意識して、手錬(だ)れの浪人を雇っていることもかんがえておかないと。左馬と録は、高杉道場に備えつけの鉄条入りの振り棒で、盗人と戦わせます」
【参照】2008年5月12日[高杉銀平師] (3)
「手錬れとの対決になると、手前は、真剣を遣うことになるやも---」
「できれば、火盗改メか先手組の衆が駆けつけるまで、動けないようにしておくだけになさってください」
「こころがけましょう」
銕三郎は、これほどの藩士が、なぜ、藩を去るようなことになったのか、確かめてみたくなったが、私事にたちいることで、せっかくの友情がそこなわれることを怖れて、そのことは忘れることにした。
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