先手・弓の2番手
如月(きさらぎ 陰暦2月)の新月の前後両日ともで3晩のうちに、
(きっと、くる)
鉄三郎(てつさぶろう 25歳)は、そう読んでいた。
もちろん、〔蓑火(みのひ)〕の喜之助(きのすけ 48歳)のように、条理をわきまえた首領は、みすみす危険の多い盗(つと)めをするわけがない。
功名心にかられたうぬぼれ屋が、火盗改メの鼻をあかしてやったと、仲間内で自慢をこくためにやるのだ。
貧から盗みの道に入った者の中には、抑圧が裏目にでて、見せたがり屋も少なくはない。
新月が近づいいたので、鉄三郎は、3日間は、夜、外泊すると、久栄に告げた。
そのことをしった老僕・太作(たさく 63歳)が、
「若。わたくしめをお供にお連れください。それで、ご新造さまが安心なされます。いまが、ややにとって、一番大事なときで、母ごに心配ことがあっては、ややに感染(うつ)ります」
「太作は、どこぞに隠し子でもつくったことがあるように、よう、気がまわるな」
鉄三郎は、質商〔鳩屋〕のおもてがのぞける向かいの小間物屋〔佐久屋〕の2階の一と間を夜だけ借りるように話をつけていた。
理由(わけ)を聞かなくても、近所のことだから、〔佐久屋〕は〔鳩屋〕の1件をしっていて、間接ながら事件にかかわることでわくわくであった。
〔鳩屋〕では、用心棒・浅田剛二郎のほかに、岸井左馬之助(さまのすけ 25歳)と井関録之助(ろくのすけ 21歳)が、高杉道場備えつけの鉄条入りの振り棒をたずさえて、待ちかまえている。
〔鳩屋〕の家族と奉公人は、1軒おいた家へ、夕食をすますと、さっさと避難していた。
鉄三郎は、見張りを太作にまかせて仮眠をとっていた。
太作が、ゆすって、
「若。きました」
鉄三郎も、窓障子のすきまから、向かいの〔鳩屋〕を見た。
「何刻(なんとき)だ?」
ささやき声で訊く。
「九ッ(12時)をすぎたところです」
10人近い人影が脇の塀に縄梯子をのぼっている。
そこへ半鐘が打たれた。
鉄三郎が、太刀を腰にさしながら、
(ばかめ!)
舌打ちした。
(放火するなら、もっと、遠くでやれ。これでは、近所中が起きてしまう)
〔佐久屋〕の亭主・伊兵衛も寝ていなかった。
そっと部屋へ入ってきて、
「物干し場から、火事のぐあいをたしかめてもよろしゅうございましょうか?」
「おやめなさい。盗人が気がついたら、命がない」
「へえ。さようで---」
亭主は、あきらめて、しぶしぶ降りていった。
鉄三郎は、見張りを1人残し、盗賊たち全員が塀を越えたのをみとどけてから、ゆっくりと階段を下りていった。
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コメント
小間物屋[佐久屋]の亭主伊兵衛じゃないけど
わくわくします。つづきが楽しみです!
投稿: みやこのお豊 | 2009.04.07 08:31
>みやこのお豊 さん
ハラハラする物語って、むずかしいものですね。
池波さんの力量を、いやというほど、思いしらされています。
しかし、42歳からの鬼平は池波さんによって書かれていますが、それまでにいたった、あの性格、アイデア、原価意識、密偵の使い方、弓の2番手への就任など、その前段は、推理する必要があります。
〔荒神〕の助太郎、お夏との関係も。
投稿: ちゅうすけ | 2009.04.08 07:20