一刀流杉浦派・仏頂(ぶっちょう)
「浅田どのが、左馬さんにお遣いになった剣ですが---」
銕三郎(てつさぶろう 25歳)が、浅田剛二郎(ごうじろう 32歳)に問う。
ところは、御厩(おうまや)河岸の舟着き茶店〔小浪〕である。
岸井左馬之助(さまのすけ 25歳)が身をのりだした。
つられて、井関録之助(ろくのすけ 21歳)もこぶしをにぎりしめる。
4人は、浅草田原町の質舗〔鳩屋〕長兵衛方をおそった盗賊〔釘無(くぎなし)〕の角兵衛(かくべえ 40歳)一味を倒し、夜廻りに駆りだされていた先手・弓の2番手組頭・奥田山城守忠祇(ただまさ 67歳)に、お馬先(さき)の召し取りの栄誉をもたらした。
その褒賞を、奥田組頭の屋敷で、受けた帰りである。
褒賞は、一人に1両(16万円)ずつが奉書紙につつまれていた。
「ああ。杉浦派の仏頂(ぶっちょう)のことですか」
「ほう---仏頂というのですか」
銕三郎は納得したが、左馬之助と録之助はきょとんとしている。
きき耳をたてていた女将・小浪(こなみ 31歳)がお茶のお代わりを注ぎながら、
「ぶっちょういうたら、あの、仏頂顔(ぶっちょうがお)の仏頂どすか?」
「字で書けば同じですが、命名の由来は、笠間の仏頂山からきております」
応じた剛二郎に、
「笠間に、そんな不愛想な名の山があるのですか?」
録之助がも素っ頓狂な声で訊いた。
剛二郎は、笠間は盆地で、ぐるりを朝房(あさぼう)山、国見(くにみ)山、鍬柄(くわがら)山、棟(ぐし)山、吾国(わがくに)山にかこまれており、仏頂山はその山々の一つである。
山貌がけわしいためにつけられた山名であるが、杉浦流の秘剣の場合は、対手(あいて)の髪を注視することに由来していると。
「髪を注視する---?」
左馬之助が反問した。
「はい。攻撃に移ろうとする瞬間、髪がかすかに逆立(さかだ)つ。それを見て、機先を制すのです」
「ふーむ」
うなったのは録之助。
「笠間藩では、唯心一刀流と示現流がもっぱらと聞いておりますが---」
たしかめたのは、高杉銀平師から聞かされていた銕三郎である。
「はい。中層より上の家の方々は唯心一刀流を修行なさっておりますが、それがしごとき花香(はなか)町の長屋住まいの小身の者は、杉浦三郎太夫師のお弟子だった方を、師とあおいでおりました」
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