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2009.12.13

小普請支配・長田越中守元鋪(もとのぶ)(2)

「公家(くげ)方がお放しにならなかったのでございましょう」

銕三郎(てつさぶろう 28歳)のお世辞ともとられかねない言葉に、なんと、小普請・9の組支配・長田元鋪(もとのぶ 74歳 980石)は、老顔を莞爾とほころばせ、
「父(三右衛門元隣 もとちか 50歳=享保12年当時)が京都東町奉行として赴任したときは、それがしは28歳でしたがの、有徳院殿吉宗)さまの小姓組から小納戸に転じており、随行をお許しいただけませなんだ」

父の越中守の授称とともに、三右衛門を継承していた元鋪の、抜群の強矢(すねや)のためであったらしい。
狩を好んでいた吉宗にしたがっての猟場で、猪や鹿を射止める実績がかさなっていたために、吉宗が手放さなかったのである。

「しかし、父が在職5年が歳月のあいだに、それとなく結んでおいてくだされた公家衆との縁(えにし)が、20年後に禁裏付として着任いたすと、父・越中の嫡子ということで、たちまちに、よみがえりましての。京の歳月の進みは、江府の5倍も10倍もゆるやかですな」

「で、禁裏付をまる16年も---?」
「なじむと、京の水もおいしゅうござる。あ、長谷川うじは、なじむまもなく---?」
「いえ。いささかは---」
「ほう。お若いということは、なににもまして、甘いものに聡(さと)うござるな。それがしの禁裏付の発令は、人生の晩秋の51歳がおりで、しかも、妻同伴の身ゆえ、そちらのほうの楽しみは厳しい冬の晩ばかりでの---ふ、ふふふ」
「とても、まともにはお受けいたしかねますが---」
「それはさておき---」
とつぜん、越中守元鋪が口ごもった。

が、気分ほ変えたような口調で、
「お訪ねになった向きは、京の水の甘い、辛いの話ではござりますまい。本題は?」
「禁裏に働く、地下(じげ)の官人(かんじん)衆の印象を、お聞かせいただきたく---」
「なにゆえの、お尋ねかな?」

銕三郎は、お(かつ 32歳)という女化粧(けわい)指南師と、おのれの小遣いかせぎのために、お披露目(ひろめ 広告)入りの〔化粧読みうり〕を板行したが、禁裏の地下官人の女房やむすめたちが客としてこなかったので、そのものたちを惹(ひ)きつける企ての足しにと、お教えを乞うている、と告げた。

越中守元鋪はさすがである、銕三郎の眸(め)の奥までとどくような鋭さで瞶(みつめ)たが、すぐに光りをゆるめ、
「その化粧指南師は、どの商舗の?」

参照】2009年8月24日~[化粧(けわい)指南師お勝] () () () () () () () () (

堺町四条上ルの〔延吉屋半兵衛〕という白粉卸だと答えると、
「その店、たしか、禁裏御用の指定をうけているはずじゃが---?」
つぶやくように言い、すぐに察しをつけたか、
「長谷川うじ、まもなく夕餉(ゆうげ)の刻(こく)です。粗餐なれど、ご伴餐くださるまいか?」
「よろこんで---」

        ★     ★     ★


_180旧知の重金敦之さんから新著『小説仕掛人 池波正太郎』(朝日新聞 2009.12.30)が送られてきた。
ご念がいったことに、「謹呈」の献辞しおりとは別に、ハガキ大のごあいさつが挟まれていた。


「ご無沙汰しておりますが、お変わりございませんか。
早くも来年は池波正太郎没後二十年となります。
朝日ビジュアルシリーズで、「週刊 池波正太郎の世界」の刊行も始まりました。
小生も書き下ろしの「池波正太郎は捕手型作家だった」を中心に、『仕事人・池波正太郎』を上梓することができました。今まであまり知られていなかった一面を描出できたのではないかと、自負しております。
ご笑覧願えれば幸いでございます。
これからは、寒さもますます厳しくなのます。風邪には充分ご注意ください。
 十二月十日                                    署名


重金さんは、『週刊朝日』の編集者として、『食卓の情景』の連載を依頼、食通---というより、独特の酒食のエッセイを池波さんに書かせた人であり、9年にもおよぶ大河小説『真田太平記』の執筆によりそった編集者として名高い。
「保守型作家」という着目は、野村克也監督のことばを牽きながら、読み手をして肯首させずにはおかない発見であり、卓見である。
書店にならぶのは、いつだろうか? 池波ファンは、店頭で手にとり、第一章 池波さんは「捕手型作家」だった だけでも立ち読みし、挿架を決心なさることをおすすめしておく。

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