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2010.05.27

火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき)

「先刻、お見えになっておりす」
門口で待っていた女将・里貴(りき 31歳)が、双眸(りょうめ)を嫣然(つややか)にほころばせ、平蔵(へいぞう 30歳)を迎えた。
眸の色気は、玄関にあがったときには、消していた。

「お着きになりました」
襖をあける。
「遅れまして、申しわけありません」

菅沼藤十郎定定亨(さだゆき 46歳 2020石)と、筆頭与力・脇屋清助(きよよし 47歳)がふりかえり、平蔵を見た。
ということは、2人は下座で待っていたことになる。
役宅から、島田慶四郎と名乗った同心が、西丸へ、脇屋与力の書簡をとどけてきた。
それには、火盗改メ・本役の菅沼組頭が、先日の茶寮〔貴志〕で一献さしあげたいから、今夕、下城の際にお立ち寄りいただければ幸甚(こうじん)、とあった。
「承知つかまつった」
返事をことづけた。

上座につくことを遠慮したが、2人が肯(がえん)じなかったので、仕方なくг型の短いほうへ着席するしかなかった。
「女将どのが、田沼意次 おきつぐ 57歳 相良藩主)侯の筋と聞き、お見知りおきいただこうと存じてな」

それが、口実にすぎないことは、すぐにわかったが、いまが男ざかりのはずの菅沼の顔色が、なんとなく冴えないのが気になった。
心の臓のあたりに病根をかかえているふうであった。
里貴が酒をすすめても、ほとんど口へはこばなかった。

引きかえ、脇屋筆頭は、遠慮しなかった。
事態を語るのがもどかしげなほど、盃をかさねている。
もっとも、里貴も心得ており、注ぐ量を加減していた。

筆頭が語ったところを要約すると、このごろ、真夏のせいで、夜には海風を呼びこむために雨戸をしめないで寝(やす)む商家も少なくない。
その戸締まりの悪さが盗賊に狙われた被害が頻発している。

菅沼組頭の要請で、月番の若年寄・久世出雲守広明(ひろあきら 45歳 関宿藩主5万8000石)から、非番の先手組、手すきの小姓組番士や書院番士へ夜廻りの指令がだされた。

夜廻り組が巡行しているあいだは、たしかに盗賊はひそんでいたが、一行が去ると、押し入るので、あまり効果はなかった。

「一夜のうちに数ヶ所に押し入るので、手の打ちようがない」
脇屋が嘆いた。

「しかし、心得のある盗賊であれば、人びとの眠りのあさい夏場は仕事をしないように聞いておりますが---」
「それでござる。盗むというより、その家のものをおどして奪っていくのは、5両(80万円)とか10両(160万円)といった小口がほとんどで---」

菅沼組頭が口をはさんだ。
「商家ばかりではなく、ご家人(けにん)のところも狙われておる」
「それも、当主が宿直(とのい)で家をあけており、隠居の年寄りやおんなだけというところが多いのです」
脇屋筆頭が言葉を添えた。

「先手組の方々をさしおき、拙ごときに妙案があるはずはございませぬが---」
平蔵が申しでたのは、夜廻りの増員として、町内の有力者から有志をつのり、巡邏の数をふーやしてみては、という案であった。
そのため、町人の巡邏の組々に、火盗改メの手札をわたし、駆りだされている先手組や両番(小姓組と書院組)の夜廻りと行きあったら、その手札を提示させる。

先手組や書院番士を夜廻りさせると、幕府は特別手当を支給しないわけにはいかない。
幕臣たちが勘定高くなっていたというより、武家の生活がそれだけきびしくなってきていたのであろう。

手札は、菅沼組頭の役宅へ、それぞれの元締か一番小頭を呼びつけて下付すればよい、とも提案した。

この奇想天外な案に、菅沼定亨は、
(長谷川平蔵という若者、このような案を、いったい、どこから思いつくものか。ただの旗本とは、とても、おもえない)

里貴も、自分が惚れて情を交(かよ)わせている(てつ)さまの、底知れない発案の才に、あらためてを双眸(りょうめ)を細め、惚れなおし、下腹の奥を熱くした。

で、とってつけたように、
「ご妙案でございますこと---」
そして、ちょっと、失礼いたします、と出ていった。
代役は女中頭のお粂(くめ 36歳)と新人の女中のお栖美(すみ 21歳)がつとめたが、役不足の撼(うらみ)はぬぐえなかった。

会話が沈んだ。


参照】2010年5月27日~[火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき)] () () () (4) (5) () () (

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コメント

このリストは、凄い!

投稿: 左衛門左 | 2010.05.28 04:55

あ、先手組の日光参列組のリストですね。
つくるのに、10時間以上かかりました。
でも、つくってみると、いろんなドラマが見えてきました。

投稿: ちゅうすけ | 2010.05.29 03:11

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