火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき)(5)
行灯(あんどの)の灯が蚊帳ごしに、里貴(りき 31歳)の白い乳房と桃色の小さな乳頭を浮きあがらせていた。
睦みの高まりの中で、里貴の肌が内側から桜色に変わっていくのを睎(のぞ)むのを平蔵(へいぞう 30歳)が悦(よろこ)ぶので、ことの前に、ことさらに灯芯を高くしている。
【参照】2010年3月6日[一橋家老・設楽(しだら)兵庫貞好(だよし)] (2)
乳首を人差指と薬指ではさみ、中指の腹で敏感な乳頭をかすかに刺激する。
「さきほど、菅沼(藤十郎定亨 さだゆき 46歳 2025石 火盗改メ)どのが、新大橋広小路の藤次郎(とうじろう 12歳)のことを話したとき、お前、おれの顔をうかがったろう。なぜだ」
はさんでいた指先にちょっと力を入れた。
「痛ッ! だって、銕(てつ)さま、お母ごの於津弥(つや)さまからお口説(くど)かれになっているのでしょう?」
「しっていたのか?」
{手にとるように---。36歳の大年増だそうじゃ、ございませんか」
「大年増ではあるが、名前どおり、艶っ気は衰えてはおらぬ」
強くつかまれた。
「これ!」
「嫉(や)けます」
手首をつかんで引きはなし、
「あちらは、いまごろ、小間使いを相手に、立役(たちやく)を演じておろう。しかし、どうして、しったのだ?」
「間諜を放っております、ご油断なさいますな」
たっぷりした腰を引きよせ、
「倉地(政之助満済 まずみ 36歳 庭の者支配)の手の者か?」
【参照】2010年2月9日[庭番・倉地政之助満済(まずみ)]
「いいえ。ほかにも、いろいろ利き耳の者がおります」
「まさか、ここの縁の下にひそんではおるまいな?」
「銕さまとの睦言(むつごと)なら、たっぷりと聞かせてやりとうございます」
「少しは、たしなみということもあろうというもの--」
深川の黒船橋北詰の駕篭屋〔箱根屋〕では、木戸が閉まる四ッ(午後10時)も近いというのに、土地(ところ)の元締代理の〔丸太橋(まるたばし)〕の雄太(ゆうた 41歳)が権七(ごんしち 43歳)と話しこんでいた。
平蔵を認めた権七が、
「ちょうどいいあんべえでやす。〔丸太橋〕の若元締が、元締衆のまとめ役ということで、〔化粧(けわい)読みうり〕の一口あたりの2000枚という刷り数を、3000枚にふやしてほしいと---」
「5割ふやすのはいいが、そうなると、お披露目(ひろめ)枠料も2割はあげないといけないが、枠の買主衆との話しあいは---?」
「ついておりやす。刷り増しは店方の希望でやす」
【参照】2010年1月8日~[府内板化粧(けわい)読みうり] (1) (2) (3) (4)
話をきめてから、
「じつは---」
火盗改メ・菅沼組頭へ発起(ほっき)した、夜廻り助っ人と手札のことを打ち明けた。
「火盗のお頭のお名を記した手札が、本当にいただけますんで---?」
〔丸太橋〕は、信じられないといった表情であった。
いずれ、大塚のほうの役宅から呼び出しがこようから、手伝い夜廻りのできる元締衆は手札を受け取りに行くことになろうが---にかぶせ、
「権(ごん)さんのところへは、この2,3日のうちに火盗改メの同心が意向をたしかめにくるだろうから、元締衆それぞれの諾否を訊きだしておくことだ」
「承知いたしやした。長谷川さまのお顔をおつぶしするようなことはいたしやせん」
「〔箱根屋〕の親方さん。うちは、お手数でやすが、いただきてえほうに○」
〔丸太橋〕の雄太は、長谷川平蔵の智謀に、あらためて恐れ入ったふうであった。
帰ったら、女房にしている元締・源次のむすめに、尾ひれをつけて話すことであろう。
「おめえ、考えてもみねえ。香具師(やし)のおれっちが、火盗改メのお頭から、じかに、お手札をいただくなんざあ、お江戸始まってからこっちの、快挙だぜ」
【参照】2010年5月27日~[火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき)] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
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