火盗改メ・菅沼藤十郎貞亨(さだゆき)(8)
「おのおの方が、火盗改メを手助けの夜廻りをしているということは、できるだけ、弘めてもらいたい。賊どもの耳へそのことが達し、1件でも押し込みをひかえることになれば、それだけでも手札の効果があったということになる。せいぜい、吹聴にはげまれたい」
火盗改メ・本役の菅沼藤十郎貞亨(さだゆき 46歳 2025石)の役宅を兼ねた大塚富士見坂上屋敷へ呼びだした元締たちに、脇屋筆頭与力(清吉 きよよし 47歳)が申しわたした。
これは、いまでいう、広報効果をねらえ、とすすめた平蔵(へいぞう 30歳)の助言であるとともに、火盗改メの下働きをしている衿持(きんじ)を、元締たちの手下の者にも持たせ、それにふさわしい言動をもとめてもいた。
夜廻りの手札を下付された香具師(やし)の元締たちは、以下のとおりであった。
・護国寺、音羽、雑司ヶ谷かいわい一帯
〔音羽(おとわ)〕の重右衛門(49歳)
・増上寺、愛宕権現、飯倉神明、三田八幡宮あたり一帯
〔愛宕下(あたごした)〕の伸蔵(45歳)
・品川宿の一帯
〔馬場(ばんば)〕の与左次(48歳)
・両国広小路、薬研堀、柳原堤かいわい一帯
〔薬研堀(やげんぼり)〕の為右衛門(52歳)
・浅草、今戸、橋場あたり一帯
〔木賊(とくさ)〕の今助(28歳)
・上野山下、広小路かいわい一帯
〔般若(はんにゃ)〕の猪兵衛(28歳)
・千住宿の一帯
〔花又(はなまた)〕の茂三(60歳)
・板橋宿の一帯
〔小豆沢(あずさわ)〕の頼助(よりすけ 38歳)
新宿の〔花園(はなぞの)〕の肥田飛(ひだとび 35歳)には、いかがわしい噂が絶えないからと、筆頭与力・脇屋清助(きよよし 47歳)が下付に反対した。
そのことを知った平蔵が、わざに書簡をおくり、齢が若い〔花園〕の肥田飛元締は、争いごとも辞さない性格(たち)だから、はずすとシマが隣接している、まとめ役の〔音羽〕の重右衛門に迷惑がおよびかねないから、ここのところは目をつむって下付しておいたほうが無難である、と説き、脇屋筆頭も、長谷川うじになにか思惑があるようだからと、3日後に一人だけ呼びだし、
「特例である」
と恩に着せた。
もっとも、肥田飛のほうは、恩に着るような男ではなかった。
が、一番手柄を立てたのが〔花園〕組であったから、菅沼本役も脇屋筆頭も首をかしげた。
その夜の九ッ半(午前1時)すぎ、〔花園〕組の夜廻りの者が3人、両側に寺がならんでいる湯屋横丁にさしかかったとき、尼寺から2人の男が出てきたのを怪しいと見さだめ、尾行(つ)けたところ、甲州街道を1丁ほと西を左手に折れた大番町の家へ消えた。
きつく申しわたされていたとおりに、八王子産の石灰で門柱に+印をつけ、役宅へ急報した。
夜明けを待ち、火盗改メの同心と小者たちが乗りこんだところ、大番組下の同心は、門柱の+印に言いわけがきかず、白状におよんだ。
脇屋筆頭から経緯を報らされた月番の目付は、
「まさかに、ご家人から科人(とがにん)がでようとは---」
舌打ちしたという。
★ ★ ★
今週も『週刊 池波正太郎の世界 25 おとこの秘図、男振』(朝日新聞 出版)から送られてきた。深謝。
いつもの中 一弥さんによる表紙に、この号は題材が題材たけに、ヌードが中心におかれている。
その肌に、うっすらと桜色の上気が。
手前味噌をいうと、茶寮〔志貴〕の女将・里貴が頂上にのぼりつめるときにこうなると、想像していた情景であっのには驚いた。
このブログは、長谷川平蔵のイタ・セクスアリスの記録でもある---と、しばとしば書いてきた。
その銕三郎・平蔵宣以にとって、里貴は究極のおんな、まぼろしの女性(にょしょう)のつもりで配している。
平蔵と2人きりになると、さっとあらゆる束縛、世間のおきてを忘れさり、性感を全開にする。
そういうおんなに男が出会えることは、百に一つもないはずである(ぼく自身の体験は少ないかに、確言はできないが)。
小説『おとこの秘図』はそんなおんなに出会った男がたどる半生のひそかな物語である。
記事では、早川聞多さんの「武士と春画」がおもしろかった。
【参照】2010年5月27日~[火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき)] (1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
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