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2010.12.06

先手弓の2番手組頭・贄(にえ)安芸守正寿(3)

大御所となって西丸に移り、病身の将軍・家重(いえしげ)を蔭で支えていた吉宗(よしむね 享年68歳)は、同じく西丸で育っていた竹千代(たけちよ)をことのほか可愛がり、膝にのせ、天下を治める次期将軍としてのこころえを聞かせたといわれている。

吉宗が少年・竹千代に語り聞かせたものの一つが、唐の太宗(たいそう)の治績を記した『貞観(じょうがん)政要』であったことは、吉宗が紀州侯時代から愛読していたとの風評もあるから、まず、間違いなかろう。

幼い竹千代は、耳にたこができるほど、太宗の逸話を聞かされたろう。

その吉宗は、宝暦元(1751)年6月20日に没した。
竹千代は15歳であった。

吉宗が没する3ヶ月前の3月19日に、大納言竹千代の伽衆として、秋山豊三郎正員(まさかず 10歳 4,700石)、贄(にえ) 市之丞正寿(まさとし 13歳 300石)、建部(たけべ)金之丞広通(ひろみち 10歳 300石)が発令された。

おそらく、選抜には、吉宗の意向が反映していたろう。

とりわけ、贄 市之丞の祖父・掃部正直(まさなお)は、紀州藩の家臣時代、200石の小姓組番士として吉宗に近侍しており、赤坂の中屋敷から随伴、そのまま本城の小姓となったが、3年後に28歳で卒した。
遺跡と職席は弟・左膳正周(まさちか 享年70歳)が継いだ。

市之丞正寿はその嫡男だが、正腹の子ではない。
母は、町方の女と推測。
父・正周の正妻は、やはり紀州藩近習番から本城の小納戸となった岩田平十郎定勝(さだかつ 享年74歳)の長女だが、その後離別している。


贄 壱岐守正寿(39歳)が火盗改メに任じられたのは、安永8年正月15日であった。
前任の土屋帯刀守直(もりなお 46歳 1000石)が大坂町奉行へ栄転したからである。

2月中旬に、先手組・弓の2組---すなわち、贄 正寿が火盗改メの組頭をしている筆頭与力・脇屋清助(きよよし 52歳)から、平蔵(へいぞう 34歳)へ、
組頭が飯田町中坂下の料亭〔美濃屋〕源右衛門方で一献差しあげたい---

との、招きがあった。

贄家の屋敷を切絵図でたしかめると、いまの靖国通りの俎板(まないた)橋の九段坂下側の南詰で、料亭〔美濃屋〕へは1丁(100m弱)。

A_360
(赤○=贄家 役宅でもある。 緑○=料亭〔美濃屋〕)

紀州藩士からご家人にとりたてられた家柄なのに、江戸城にも近いここへ屋敷を下賜されたのは、市之丞が伽衆に抜擢されたあと、13歳では登城が苦労であろうと、屋敷替えがあったと推測する。
もちろん、あくまでも推測にすぎない。

ともかく、招かれた平蔵は、
(おおかた、土地(ところ)々々の元締衆への火の用心の夜廻りの手札の下げわたしのことであろう)
ぐらいの軽い気持ちで出向いた。

亭主の源右衛門が、
「お頭(かしら)さまは、ほんのすこし前に、お着きになりました」

「遅れまして---」
平蔵が廊下で詫びると、
「なんの。役宅から近すぎての」
組頭は、旧知の客に対してでもいるかのように穏和に応じたので、たちまち空気がうち解けた。

長谷川うじが一刀流の目録をお持ちのことは存じおるが、弓馬はいかがかの?」
家治は、竹千代時代に馬術・弓術に長(た)けていたから、市之丞も鍛えたのであろう。

「なかなかに上達いたしませぬ」

「書籍は---?」
「ときどき『孫子』を---』
「ほう---」
越前)さまは---?」
「お上とともに、もっぱら、『貞観(じょうがん)政要』を---」

貞観政要』は、平安時代に到来し、北条政子が和訳させて熟読したとつたわっている。
家康は、駿府で板行させた。
紀州では、代々の藩主が政事の資としつづけた。

長谷川うじも聞き及んでおるとおもうが、有徳院殿吉宗)公が江戸城の主(あるじ)とおなりになったとき、大奥の美女を書き出せとお命じになり、すわこそと勇みたった女性(にょしょう)たちに、美人であれば嫁になるのも易(やす)かろうと、暇をおだしになった---」
「はい」
「あれは、『貞観政要』に記されている唐の皇帝・太宗李世民)が、後宮に3000人もいた女官を、人民の富を浪費するといって減らした故事におならいになったことなのでの」

そのことを初めて聞いた平蔵は、『貞観政要』が亡父・宣雄(享年55歳=安永2年)の蔵書のなかにあるやもしれないと判じ、その書名を銘記した。


参照】2010年12月4日~[先手・弓の2番手組頭・贄(にえ)安芸守正寿] () () () () () () () 

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