徳川将軍政治権力の研究(2)
I氏ご推薦、田沼意次(おきつぐ)の政治力浸透を指摘した、深井雅海さん『徳川将軍政治権力の研究』 (吉川弘文館 1991.5.10)から、第1編・第4章 [御用取次田沼意次の勢力伸長]に紹介されている、『御僉議御用掛留(ごせんぎごようがかりとどめ)』を引用しながら、評定所での郡上八幡の農民一揆の再吟味・幕閣処分について、紹介している。
その前に、同書に掲載されている、深井雅海さん(平成3年現在)の略歴を---。
1948年、 広島県に生まれる
1971年、 国学院大学文学部史学科卒業
現在、財団法人徳川黎明会徳川林政史研究所主任研究員、国学院大学・中央大学専任講師
〔主要論文〕
「天明末年における将軍実父一橋治済の政治的役割(徳川林政史研究所『研究紀要』昭和56年度、1982年)
さて、『御僉議御用掛留』の宝暦8年9月22日の項。
一 泉州(依田和泉守政次 町奉行 57歳 800石)被申候由、廻り之節相模守(堀田相模守正亮 老中 下総・佐倉藩主 47歳 10万石)殿御逢候而書上ケ先ヅ相分り候由被仰候、石井丹下(本多伯耆守正珍用人)・伊藤弥一郎(金森家江戸家老)とかく不相分候、品ニ寄候而者御僉議(せんぎ)之手段ニ候間、於牢屋敷与力共静ニ為尋可申哉与相懸りと咄合候、品ニ寄御内意も可伺与申事ニ候旨被申上候処、夫ニ者及間鋪、幸田沼主殿殿被出候事候間、申談候而可然被仰候旨被申聞(後略)
I氏が添えてくださった<読み下し>文---。
一 泉州(依田和泉守政次)申され候由、廻りの節相模守(堀田相模守正亮)どのにお逢い候て、書き上げまず相分かり候由仰せられ候、石井丹下(本多伯耆守正珍用人)・伊藤弥一郎(金森家江戸家老)とかく相分からず候、品により候てはご僉議(せんぎ)の手段に候間、牢屋敷において与力どもに静かに尋ねさせ申すべきやと、相懸かり(詮議の同役)と咄しあい候、品により(将軍の)ご内意も伺うべくと申すことに候旨申し上げ候処、それには及ぶまじく、幸い田沼主殿どの(評定所に)出でられ候ことに候間、申し談じ候て然るべしと仰せられ候旨申し聞けられ(後略)。
誤読をおそれず、現代文に置き換える。
5手掛の一人である北町奉行・依田(よだ)和泉守政次(まさつぐ)が申されたことであるが、廻りの節(意味不詳)老中・堀田相模守正亮(まさすけ)どのにお逢いしたので、郡上藩の農民一揆の件についての老中ご用部屋へ差し上げてある経過報告書のことをお尋ねしたところ、一同回読して了解したとおおせられた。
そこで、申し上げたのは、田中藩主・本多伯耆守正珍(まさよし 4万石 49歳)の用人・石井丹下(たんげ)と郡上八幡藩主・金森兵部少輔頼錦(よりかね 3万9000石 51歳)の江戸家老・伊藤弥一郎の言っていることが、どうもはっきりしません。
ことによっては詮議の手段を変えて、牢屋敷で与力に静かに尋問させてはどうかと、詮議の相役と咄しあっております。ついては、将軍家(家重)のご内意を伺ってみては---と思っております、と申し上げたところ、老中は、「それには及ばない、幸いに、お側の田沼主殿頭意次(おきつぐ)どのが評定所一座に加わったているのであるから、田沼どのに話してみられるとよろしい」とのお返事であったと。
深井さんは、ここまでに開陳した史料(『御僉議御用掛留(ごせんぎごようがかりとどめ)』)で、「まず第一に注目すべきは、7月20日条や8月10日条にもみられるように、五手掛(ごてがかり 3奉行に大目付と目付が加わる)のメンバーが老中酒井忠寄から郡上騒動の再吟味を命じられた当日(7月20日)や、田沼が評定所出座を命じられる(9月3日)前に、すでに田沼は五手掛の中心メンバーである依田(町奉行)・菅沼(勘定奉行)両名や阿部(寺社奉行)に吟味心得を申し聞かせていることである。これは、田沼の説明に、<此度之義者甚御疑懸り候事>とあるように、将軍家重の意向をうけてと思われるが、とくに、評定所一座(の者)が関わっていても<少シも無用捨(ようしゃんなく)>とか、<品ニより是ハと存候儀茂出申候而も差略有之間鋪」といった基本的な吟味心得を、老中でなく一介の側衆にすぎぬ田沼」が五手掛のメンバーに要求している点。
「第二に注目すべきは、田沼が評定所に出座するようになった後、(9月22日の条---すなわち、上記)老中首座の掘田正亮も五手掛を指揮する権限を事実上田沼に委ねていることである」
田沼意次の狙いは奈辺にあったのであろう?
ご参考までに、堀田相模守正亮の『寛政譜』を。
青年藩主の出世コース---奏者番→寺社奉行→大坂城代→京都所司代→老中 と、順当にすすんでいる。
この間に、要領、礼儀、信用、取捨選択、判断、社交、妥協、危機管理能力などを体得していくのだろう。
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