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2008.05.15

高杉銀平師(6)

高杉道場での同門者は、その精神的つながりや懐古的な感傷などから、いまでいうと、年齢差のある同級生に近いのではなかろうか。

とくに精神的なつながりで結ばれているのが岸井左馬之助であり、やや近いのが井関禄之助であろうか。
感傷性では、池田又四郎滝口丈助といっておこう。

鬼平犯科帳』における同門者は、精神的なつながりだけではなく、物語の端緒であったり、鬼平の引き立て役であったりと、じつに絶妙な活躍をする。

同門者のリストを掲げてみる(篇名は初登場の時)。
鬼平ファンなら、このリストを見ただけで、物語の大要がおもいうかぶはずである。

[1-2 本所・桜屋敷]  岸井左馬之助
[3-6 むかしの男]   大橋与兵衛(久栄の父親)
[5-2 乞食坊主]    井関録之助、菅野伊助
[7-5 泥鰌の和助始末]松岡重兵衛 食客。50歳前後。
[8-3 明神の次郎吉]  春慶寺の和尚。宗円。
[8-6 あきらめきれずに] 小野田治平。
                多摩郡布田の郷士の三男。
                不伝流の居合術。
                娘・お静 左馬之助の妻に。
[11-7 雨隠れの鶴吉]  妾の子・鶴吉
[12-2 高杉道場三羽烏]長沼又兵衛(盗賊の首領)
[14-1 あごひげ三十両] 先輩・野崎勘兵衛
[14-4 浮世の顔]     小野田武吉 鳥羽3万石家臣
               御家人・八木勘左衛門
                50石。麻布狸穴に住む。
[16-6 霜夜]         池田又四郎。兄は200石旗本。
[18-5 おれの弟]      滝口丈助
[20-3 顔]          井上惣助
[20-6 助太刀]       横川甚助。上総関宿の浪人。

_11 この10数人の中で、もっとも毛色が変わっているのが、文庫巻11[雨隠れの鶴吉]篇 の主役である〔雨隠(あまがく)れ〕の鶴吉である。

通り名(呼び名)が付されているところからも察しがつくように、盗賊である。女房も女賊のお
2人は、中国すじから上方を〔盗(つと)め場所としている〔釜抜(かまぬ)き〕の清兵衛の配下である。

参照】〔釜抜(かまぬ)き〕の清兵衛

うけもちは〔引き込み〕であった。
つまり、目ざす商家なり屋敷なりへ奉公人として住み込むか、または出入りの者になって親密となり、月日をかけて、押し込み先の内情を探(さぐ)り取り、これを一味(いちみ)へ告げると同時に、いざ、盗賊一味が押しこむ夜ともなれば、これを内部から手引きをするという、なかなかに重い役目だ。
引き込みをつとめるには、それだけの才能がなくてはならぬ。
鶴吉お民の夫婦は、その点、呼吸の合ったコンビで、なればこそ、「雨隠れ」の、異名をとったのであろう。

「雨隠れ」は、「雨宿(やど)り」の別のいい方だそうな。

この〔引き込み〕は、池波さんのみごとな創案にかかる盗人用語の一つだが、初出はたしか文庫巻4[五年目の客]で、遠州の大盗〔羽佐間(はざま)〕の文蔵一味の〔江口(えぐち)〕の音吉について、密偵・〔小房(こぶさ)〕の粂八鬼平に言った時であった。

参照】 〔羽佐間はざま)〕の文蔵
江口えぐち)〕の音吉
小房こぶさ)〕の粂八
_4「で、いまの男---江口の音吉というのは?」
「へい。これはもう引きこみがうまいのでございまして---」p51 新装版p53

巻1[唖の十蔵]での中年の飯たき女は〔手びき〕p22 新装版p23 だし、巻3[艶婦の毒]で京の絵具屋〔柏屋〕の後妻に納まってするおもまだ〔手引き〕p108 新装版p113 である。

〔引き込み〕役の詮索はこのあたりで止めて、〔雨隠れ〕の鶴吉高杉道場への仲間入りの経緯(ゆくたて)の一件。
いや、仲間入りは言葉の綾で、じっさいは、七つか八つのころ、道場での稽古を窓からのぞいていたにすぎない。

というのも、鶴吉は、日本橋・室町2丁目の大きな茶問屋〔万屋〕の当主・源右衛門が女中に産ませた子で、家つきの女房がうるさいので、小梅村の寮で乳母・おに育てさせていた。

_360_2
(日本橋通りの茶卸〔万屋〕 『江戸買物独案内』1824刊)

その境遇に同情した井関禄之助が、道場への行きかえりに相手になってやっていた。
禄之助とおがいい仲になっていたのは、言うをまたない。

それから20数年が経った。
京・綾小路新町西入ルの金箔押所〔吉文字屋三郎助方でのお盗めの報酬として〔釜抜き〕のお頭(かしら)から80両を分配された鶴吉・お民夫婦は、江戸へ骨休めに下ってきて、大川端で茶店をやっているおに再会したばかりか、禄之助とも会う。

_360_3
(金箔押〔吉文字屋〕 『商人買物独案内』)

このあたりの展開が、いかにもページ・ターナーの池波さんらしい筋はこびである。
物語は、鶴吉を〔万屋〕の跡取りにと願う源右衛門、小粋にのがれ去る鶴吉、見逃してやる鬼平---、小ざっぱりとした人情ものの結末なのは、ファンならご存じ。

高杉道場のけた外れの同門物語の一篇。

茶問屋の〔万屋〕にしても、金箔押の〔吉文字屋〕にしても、きちんと調べて実在の屋号を書いているところが、『鬼平犯科帳』のリアル感が強いところでもある。
(〔吉文字屋〕の右隣枠の〔井筒屋〕の名前の三郎助にもご注目)。一つの謎解き。

【参照】2008年5月10日~[高杉銀平師] (1) (2) (3) (4) (5)

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