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2008.11.14

宣雄の同僚・先手組頭(5)

長谷川どのは、弓の組頭。先手は、鉄砲(つつ)よりも弓のほうが格が上。鉄砲組のお頭で、弓の組頭への組替えを狙っておられる方がいても不思議はない」
兄とも慕っている西丸・目付の佐野与八郎政親(まさちか 37歳 1100石)から言われた銕三郎(てつさぶろう 23歳 のちの鬼平)は、
(卑劣漢め。詭計を暴(あば)いて、幕臣衆に顔向けできないようにしてやる)
と、立腹した。
自分のことは、棚にあげている。

参照】2008年11月9日[西丸目付・佐野与八郎政親] (3)

それ以上に、その立腹は筋違いというもの。
出世を欲するのは、役人ならば、当然である。
父・平蔵宣雄(のぶお 50歳 先手・弓組の8番手組頭)は、表向きは、出世競争に恬淡としているふうにしているが、そんなことはない。

数年前から、先手組頭になれば、一種の箔付き職ともいえる火盗改メ任じられることを予想し、仮牢や拷問部屋なども母屋からはなして設けられるようにと、400石の長谷川家には分不相応ともいえる、1248坪の屋敷地を手当てしている。

そのことは、銕三郎も気づいているから、20組ある鉄砲組のどの組頭が、徒(かち)目付に手をままわして、自分(銕三郎)の身辺を、下働きの徒押(かちおし)に嗅ぎまわらせているかと、父に訊くわけにはいかない。
また、訊いても、
「そんな詮索よりも、この機会に、(てつ 銕三郎)が身をつつしめばいいではないか」
といなすであろう。
宣雄という人は、そういう仁なのである。

思いあまった銕三郎は、ついこのあいだまで、先手・鉄砲の16番手の組頭をしていた本多采女紀品(のりただ 55歳 新番々頭 2000石)を表6番町の屋敷へ訪ねた。

銕三郎が、憤懣やりかたない、といった口調で、ことの次第を訴え、
「鉄砲組頭の方々の名簿をいただければ---」
黙って聞きおえた紀品は、目では笑いながら、
「ほかならぬ銕三郎どのの頼みゆえ、応じないわけにはまいらぬな」
と、筆頭与力・小村参次郎(さんじろう 52歳)から届けさせるが、
「出所については、くれぐれも内密にな。それと、軽挙はならぬぞ」
釘をさした。

数日後にとどいた名簿---

明和5年(1768)初夏現在の、鉄砲組の組頭---。
番手(組屋敷)
(氏名 年齢 禄高 この年までの在職あしかけ年数)

1番手(麻布谷町) 
 寺嶋又四郎猶包(なおかね)  80歳  300俵 11年め
2番手(牛込中里)
 松田彦兵衛貞居(さだすえ)   61歳 1150石  2年め
3番手(湯島天神苗木山)
 井出助次郎正興(まさおき)   70歳  300俵  9年め
4番手(四谷伊賀町)
 長山百助直幡なおはた)     57歳 1350石  4年め     
5番手(本郷森川宿)
 永井内膳尚尹(なおただ)     71歳  500石  8年め
6番手(四谷舟板横丁)
 鈴木市左衛門之房(ゆきふさ)  73歳  450石 15年め
7番手(麻布が前坊谷)
 諏訪左源太頼珍(よりよし)    62歳 2000石  5年め
8番手(麻布が前坊谷)
 有馬一馬純意(すみもと)     70歳 1000石  9年め
9番手(小石川伝通院前)
 遠藤源五郎尚住なおずみ)    52歳 1000石  3年め
10番手(市ヶ谷本村鍋弦町)
 石野藤七郎唯義(ただよし)     62歳  500俵  3年め
11番手(不明)
 浅井小右衛門元武(もとたけ)   59歳  540石  4年め
12番手(牛込榎町)
 徳山小左衛門貞明(さだあきら)  53歳  500石  2年め
13番手(市ヶ谷五段坂)
 曲渕隼人景忠かげただ)      63歳  400石  9年め
14番手(駒込片町)
 荒井十大夫高国たかくに)     60歳  250俵  3年め
15番手(駒込片町)
 仁賀保兵庫誠之(のぶざね)     57歳 1200石  1年め
16番手(小日向切支丹屋敷下)
 本多采女紀品(のりただ)       55歳 2000石  7年め
17番手(市ヶ谷本村)
 松前主馬一広(かずひろ)      46歳 1500石 16年め
18番手(牛込榎町)
 市岡左衛門正軌(まさのり)     75歳  500石 13年め
19番手(市ヶ谷五段坂)
 仙石監物政啓(まさひろ)       75歳 2700石 16年め
20番手(大塚御箪笥町)
 福王忠左衛門信近(のぶちか)    76歳  200石 15年め

銕三郎はすごい目つきで、まるで、その裏に当人がひそんでいるかのように、名簿を睨みつけながら思案をつくしていた。
j(まず、65歳以上ははずそう。いくらなんでも、その齢になって、組替えは望むまい)

(在職10年以上も、はずそう。それほど居つづけて、いまさらも、じたばたしてもどうなるものではあるまい)

その線引きで、寺嶋猶包、井出(いいで)正興、永井尚尹、鈴木之房、有馬純意、市岡正軌、仙石政啓、福王信近、そして松前一広の9名がはずれた。

さらに、本多紀品もはずして、のこるは半分の10名で、怪しいのは---

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