お勝の恋人
年があけ、.安永は1ヶ月半で、2年(1773)となった。
京都で迎えた初めての正月で、銕三郎(てつさぶろう 明けて28歳)と久栄(ひさえ 明けて21歳)が、なにに驚いたかというと、雑煮である。
餅が円座のように丸かった。
そして、雑煮の具はなくて、小豆であった。
つまり、ぜんざいふう。
父・平蔵宣雄(のぶお 明けて55歳)は、年賀を受けるのと、廻るのとで、忙しい。
3ヶ日は店は休みと言っていたお勝(かつ 明けて32歳)を、押小路のしもた屋に訪ねると、戸が閉まっていた。
路地からでようとしたら、晴れ着のうえに白粉問屋〔延吉屋〕の丸に吉の字の屋標を染めぬいた半被(はっぴ)を羽織って帰ってきた。
「初荷だったんです」
祝い酒を飲んでいるらしく、白粉の下の顔が赤い。
「上方の商家は、2日が初荷か---」
「そういえば、江戸は、お大名衆の賀辞登城のさまたげになるというので4日でしたね」
部屋で、きちんと年賀をかわすと、
「お屠蘇(とそ)を召しますか? お節(せち)を、お吉(きち 明けて38歳)さんが届けてくださいました。東国ふうの濃いめの味付けですから、お口にあいましょう」
お吉は、〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 明けて53歳)の妾で、小田原で又太郎(またたろう 明けて15歳)と暮らしていたが、助五郎の本妻・お勢(せい 歿年26歳)が病没したのを潮(しお)に、京都に呼ばれて、本妻がのこした子・文吉(ぶんきち 明けて15歳)もいっしょに育てている。
「いま、東国ふうの味付けといったな。お吉の小田原、〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七(げんしち 明けて57歳)どんの駿州・藤枝在の生まれということはわかっておるが、〔狐火〕もあっちなのか?」
「あ、うっかり---。そんなところからも身許が割れるんですねえ」
「どこだっていいんだが---狐火というから、伏見あたりかと見当をつけていたが---」」
「お稲荷さんつながりは、つながりなんです」
「まさか、王子では---?」
「もそっと、北---」
「笠間稲荷?」
「内緒ですよ」
「わかっている。しかし、京弁もないが、常陸(ひたち)なまりもないなあ」
「盗人(つとめにん)は、手がかりになるなまりを消すようにと、〔狐火〕のお頭のお若いころにお盗(つとめ)の手〕ほどきをしてくださった〔堂ヶ原(どうがはら)〕のお頭が指導なさったんだそうです」
「〔堂ヶ原〕---といえば?」
「そうです。小浪(こなみ 明けて34歳)姉(ねえ)さんの最初のお頭---」
御厩(うまや)河岸の舟着き前の茶店の女将であった。
【参照】2009年12月19日[「久栄の躰にお徴(しるし)を---」] (4)
「拙も、盗(つとめ)の世界に知り合いがふえたものだ」
「銕(てつ)さまには、だいじな勤めがあるのですから、あちこちに通じていらっしゃらないといけません」
「そうだ。そっちのほうの手がかりもだが、お勝の仕事はどうなんだ?」
「相変わらず、日に2分(8万円)の稼ぎがつづいています」
【参照】2009年8月31日[化粧(けわい)指南師のお勝] (8)
「月に15両(240万円)ではないか」
「躰が保ちませんから、手助け小おんなを3人雇いましたから、12両(192万円)」
「長屋なら、一家の1年分の稼ぎだ」
「いつまで躰がつづきますことか」
(そういえば、脱ごうとしないな)
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