〔(世古(せこ)本陣)〕のお賀茂 (4)
(そうだ、紋次(もんじ 33歳)という手があった)
お通(つう 9歳)を柳原岩井町の惣介長屋まで送っていきながら、平蔵(へいぞう 31歳)は、胸の中でつぶやいていた。
お通は、買ってもらった着物をしっかり抱いて、
「銕(てつ)おじさん。たったあれだけのことで、こんないいものいただいてしまっていいのですか?」
つづいて、
「また、こんな仕事をください。もっとうまくやりますから」
先刻手くばりした横山町の〔衣棚(ころものだな)屋〕から近い米沢町裏のしもうた家に、読みうりの刊行元を訪ね、紋次(もんじ 33歳)を呼びだした。
〔化粧(けわい)読みうり〕で、江戸の香具師(やし)の元締衆から世話焼き代をけっこうもらっているので、平蔵のことは、なにをさておいても役に立とうとしてくれる。
両国橋西詰Iに立ちならんでいる茶店の中で、静かに話ができる店へ導かれた。
「紋次どん。これは、読みうりに書いてもらっては困る頼みなのだが---」
「お天道(とんとう)さまが西からのぼってきても、書くようなことは、ありゃしません」
古手(古着)を商っている〔ころものだな屋〕の女主人の素性がしりたいーーーというと、
「ここで、お茶のお代わりでもなさっていてくだせえ。ちょっくら行ってきまさあ」
茶店の女将に、なにごとかいいつけ、さっさと出ていった。
女将は、30すぎの細面の美人であったが、紋次から言いふくめられたのであろう、色気抜きで真向かいに坐り、
「巷(ちまた)では、4月13日、日光へお参りのお行列を拝もうと、お成り道の場所どりがいまから始まっております」
「残念だが、拙は西丸勤めだから、参列しないのだ」
「西丸と申されますと、大納言(家基 いえもと 15歳)さまはご参詣なされないのでございますか?」
「お上とお世継がごいっしょにもしものことがあってはと、大事をとっておられる」
「ご不便なものでございますねえ」
「不便といえば、不便でもあるな。はっははは」
「ほ、ほほほ。わたくとしましたことが---」
「美形の若いむすめばかりそろえおられるが、集めるのはどのように---?」
「どのようにも、なにも。器量自慢の子は、自分から売りこんでまいりますのですよ」
「女将どののむすめ時代も、そうであったのかな?」
「おんなごころには、むかしもいまも、変りございません」
「女将どのも、売りこんだ口?」
「わたしは、母のあとを継いだだけでございます」
「これは、失礼つかまつった」
「とんでもございません。あの、幾(いく)と申す婆ぁでございます。これをご縁に、お引きたてくださいますよう」
無駄話をしているうちに、紋次が小首をかしげながら戻ってきた。
(不首尾であったか?)
〔表戸を立ており、いくらたたいても返事がありやせんでした」
「1刻((2時間)前までは、商売していたのだが---」
「隣りの煙草屋の婆さんに訊いてみやしたら、ほんのちょっと前に戸をしめて、帰っていったそうで---」
「帰っていった? 住んでいるのではないのか?」
「通いだそうでやす」
紋次が聞き出してきたところによると、〔ころものたな屋〕の看板があがったのは1年半ほど前で、5年前の火事のあとは、別の者が古手屋をやっていたのを、おんなが居抜きで買いとったようだ。
いつも、おんながつめているが、ときには下男らしい男(の)も店番にきていることもある。
商売のほうは、ぽつぽつらしい。
仕入れは、上方から荷がつくところをみると、そっちから仕入れているようだ。
おんなの住いは聞いたことがない。
(はて、お須賀(すが 38歳)を見たから店戸を閉めたとすると、お須賀がお賀茂(かも 40歳前)と告げたはずだが。そう断言しなかったのは、やはり、お賀茂ではなかったらしい)
すると、人相絵のお賀茂は、どこに?
店にいたおんなは、何者?
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コメント
お賀茂さんが、いよいよ、謎めいてきまさした。お頭の荒神の助太郎さんもただの盗人ではありません。
おまささんが手を貸したことのあるお頭ですもの当然です。
平蔵さまも、そのつもりでかかることですね。
投稿: moto | 2010.07.15 13:42
>tomo さん
いつもコメント、ありがとうこざいます。
当ブログをミステリー仕立てにするつもりはないのです。
銕三郎から平蔵になり、いろんな盗人、密偵とかかわりあいながら、江戸幕府の仕組みなり習俗、火盗改メに任じられた人びとのことを、少しでも史実に忠実にとおもって調べています。
とれわけ、火盗改メの組やお頭は記録が残っていますから、その組屋敷の場所や任期、与力・同心の人数なども、子孫の方々からお叱りを請けそうなほどかなり忠実にやっているつもりです。
もちろん、想像の部分もかなりあります。そこがミステリーっぽく映るのかもしれませんが---。
とにかく、{荒神〕の助太郎一味とお賀茂、お夏は謎の人物なので、知恵比べです。
投稿: ちゅうすけ | 2010.07.16 02:09