〔(世古(せこ)本陣)〕のお賀茂 (2)
「お通(つう 9歳)。銕(てつ)おじさんの仕事を助(す)けてくれるか?」
不安げな表情であったが、それでもこっくりとうなずいた。
「松(まつ)父(とう)ちゃんは、善太(ぜんた 7歳)が手習い所から帰ってくるのを、ここで迎えてやれ」
松造(まつぞう 25歳)に言った。
平蔵(へいぞう 31歳)と並んで歩いているうちに、お通はいつもの気丈さをとりもどしていた。
小伝馬上町の千代田稲荷(現・中央区小伝馬町91)の社前で、駕篭の〔箱根屋〕権七(ごんしち 44歳)の内儀・お須賀(すが 38歳)が待っていた。
「小母さんが、このときだけ、おっ母(か)さんだ」
引き合わせると、お通が頭をさげた。
「よろしゅうに---」
「お通、って呼ぶけど、許してね」
「はい、おっ母さん」
お須賀の一人むすめ・お島(しま)も9歳だが、平蔵には、別の考えがあったのである。
通塩町の角で別かれ、浜町堀に架かる緑橋ぎわの茶店で待つことにした。
お須賀とお通は、古手(古着)屋が多くて糊の匂いのする横山町で、〔衣棚(ころものたな)屋)〕をさがした。
1丁目と2丁目のあいあいだの横丁にあった。
間口1間半の奥に長い店で、壁の両側に着物をぶらさげ、中央の台に半端な品をつみあげてたいる。
お須賀が、(あれがそうかな)とおもった、肌から精気が失せた40歳近いおんなが、
「なに、さがしてはりまんのん?」
「この子の夏着---」
「それやったら、こっちの台どすえ」
お須賀が、手にとった絣模様をお通の躰にあててみながら、
「つい、こないだ7つになったとおもったのに、もう、9つで---」
「お子は、なあ---」
「ご新造さんのところも---?」
「うちは、いてえしまへん」
お通が、桃色地に紺の矢絣を選んだ。
勘定を払いながら、
「〔ころものたな屋〕さん---変わった屋号ですね?」
「都にそんな名ぁの通りがおますんどす」
「あ、通りの名でしたか---」
「ようは、知られてぇへん通りどす---」
「縁があったら、いちど、のぼってみたいところです、清水寺や祇園さん」
「ええところやけど、夏は暑うて冬は底冷えどすえ」
「江戸は何年に?」
「もう、10年に---」
お通が、つぶやい。
「村松町のとき、どっちへ逃げたの?」
おんなは、聞こえなかったか、応えなかった」
「尼ヶ橋の捨て子、怖かった」
このときも、おんなは反応しなかった。
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