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2010.07.12

〔(世古(せこ)本陣)〕のお賀茂

「むさくるしいところにお上がりいただくわけにはいきやせん。ちょっとそこまでお運びを---」
於玉ヶ池(おたまがいけ)〕の伝六(でんろく 35歳)の家は、小泉町のしもうた家であった。

伝六 は、気軽に板割草履をつっかけ、於玉稲荷社の脇の小さな茶屋へ誘った。

於玉稲荷社は、於玉の祟(たた)りを鎮めるために建立された。

於玉は、この地の桜ヶ池へ入水自殺をし、祟ったという。
池は、於玉ヶ池と改められた。

ものの本にこうある。

里老(りろう)伝えていふ、昔、この地は奥州への通路にて、桜樹あまた侍りけるところにありし池なるがゆゑに、桜ヶ池とよべりとぞ。
その傍らの桜樹のもとに、玉といえるおんな出て居て、往来(ゆきき)の人に茶をすすむ。容色おおかたならざりければ、心とどめぬ旅人さへ、掛想(けそう)せぬはなかりきとなん。

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([於玉ヶ池の古事] 『江戸名所図会』塗り絵師:ちゅうすけ)

2人の色男があらわれ、同じようなしつこさで口説いた。どちらとも決めかねた玉は、池に身を投じて果てた。
哀れ;とおもった里民(りみん)が亡骸(なきがら)を池の辺(ほとり)に埋め、柳を植えて記念(かたみ)の柳と呼んだ。

中畑(なかばたけ)〕のお(りょう 享年33歳)が琵琶湖に沈んだのは、自裁ではなく、まったくの事故であった。 
(京都へのぼったおれに、一刻も早く会いたいと、夜、彦根から船を仕立て、大津湊の寸前で突風にあおられた)

参照】2009年7月26日[千歳(せんざい)のお豊] () (
2009年8月1日~[お竜(りょう)の葬儀] () () (

平蔵(へいぞう 31歳)にとって、おの哀れさ、いじらしさは、於玉に、はるかにまさる。
(そもそも、2人の男のどちらか決められないから、入水して結末をつけるというような、か弱いおんなが、いまどき、いるものか)

長谷川さま」
年齢・容色ともに伝説の於玉とはかなりへだたりそうな茶汲みおんながひっこむと、伝六が懐から人相絵をだし、
「これによく似たおんなが、横山町で古手(古着)屋の店番をしているという報らせがあがってきやしたんで---」

「齢のころは?」
「37,8歳に見えるそうでやすが、もちっといっているやも---。骨っぽい、脂肪(あぶら)っけが薄い躰つきで---」
「6,7歳のおんな子もいっしょかな?」
「そっちは、見かけねえようだと---」

さぐっていることを先方が知ると、消えかねないから、いまのところは住まいもなにも探索していない、と断言した。

「それで、よかった。念のいった気くばり、礼を申す」

伝六は、平蔵がお(くめ 35歳)の身のふり方を最初にもちかけてからというもの、すっかり信頼するようになっていた。
それに、料亭〔草加屋〕の盗難をみごとに防いだ智謀にも一目おいていた。

【参照】2010,年6月27日~[〔草加屋〕の女中頭助役(すけやく)・お粂] () () () (

これから先は、〔世古(せこ)本陣〕のお賀茂(かも 36,7歳)と、仮の〔通り名(呼び名ともいう)〕をお賀茂にふることにしたい。
「世古本陣」は、三島の2番目の本陣で、かつてお賀茂が京育ちを売りこんで座敷女中をしていたことがあった。

参照】2008年3月27日[荒神(こうじん)〕の助太郎] (10

世古本陣〕のお賀茂のことは、火盗改メ・菅沼藤十郎定亨(さだゆき 47歳 2025石)に告げるつもりはない。

第一、お賀茂助次郎の情人(すけ)ではあるが、盗みに加わっているかどうかはさだかでない。
(いや。盗み金(つとめがね)を腹に巻き、箱根関所をやぶったのだから、加担はしているのだ)

しかし、お賀茂を見張る手がないことが、頭痛のたねであった。


参照】2010年7月12日~[〔世古(せこ)〕本陣〕のお賀茂] () () () () () (

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コメント

久方ぶりのお賀茂の登場。彼女はブログの非常に(そう、常に非ずの)サブ・キャラで、鬼平物語の結末にかかわる人物です。それだけに、造形がむつかしいと思いますが、挑戦のやり甲斐もありましょう。期待しています。

投稿: 左衛門佐 | 2010.07.12 05:15

>左兵衛佐 さん
ご指摘のとおり、お賀茂というおんなの設定は、かなりむつかしいです。
[炎の色]のお夏が、おまさの誘拐にからんでいるということで、お竜、お勝、お乃舞、雨女(あまめ)のお時、京都の女官の越中、大身の内室・お津弥とお菊、賀茂のほかにもあれこれ登場させましたが、いま一つです。
もし、レスビアンの心理などに触れたいい参考書でもご存じでしたらご教示ください。
ぼくの気持ちのなかでは、お竜をもうすこし長生きさせたほうがよかったかも---と、このごろ、再考していますが、それだと、貞妙尼と里貴が登場できなかったでしょうし---痛し痒しです。
もう一つのネライが銕三郎のイタ・セクスアリスですから。
まあ、お賀茂はお夏の生母ですから、お夏への性的伝授のところをじっくりつくらないといけないことは承知しております。

投稿: ちゅうすけ | 2010.07.12 09:40

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