若い獅子たちの興奮(3)
「町絵師の長谷川伯斎さんはお達者かな?」
平蔵(へいぞう 37歳)が記憶の糸をたどり、〔耳より〕の紋次(もんじ 39歳)に質(ただ)した。
「64歳だが、お達者です」
「お仕事ぶりがみなの衆に納得してもらえるように、何点か借りだしてきてくれまいか。〔音羽(おとわ)〕のご新造・お多美(たみ 41歳)どのにはことさら入念にご判断いただくように---」
お多美の絵ごころをもちあげた。
「明日にでも、みなの衆のところへ、若いのを走らせますです」
【参照】2010年4月27日[〔蓑火(みのひ)〕のお頭] (11)
紋次は内心で、平蔵が長谷川伯斎をおぼえていたことに感激した。
帰りぎわにそっと、
「伯歳さんは、嶋田まで絵筆をふるいに行ってくれるだろうか」
と訊かれ、とっさに描かれるのが、本陣・〔中尾(置塩)〕のお三津(みつ 22歳)と察したが、
「訊いてみましょう」
なに食わぬ面持ちで応じたのは、1刻(2時間)ほど、あとのこと。
〔木賊(とくさ)〕の今助(いますけ 35歳)が、お多美を気にしなから、意外な案を吐いた。
〔化粧読みうり〕の江戸板が刷られてからまる8年になる。当時、16歳のむすめざかりであったおんなは、いまでは24歳---子の2人や3人もかかえているが、それでも美しくありたいという気持ちは持ち続けていよう。
「お多美姐さんのようにあいかわらずの美形の人もいることだし、20代から30代の戻り美人を狙った[化粧読みうり]というのはどんなものか?」
みんなは、43歳になってもなお色香を保っている今助の姉さん女房・千浪(ちなみ)をおもいうかべながら、とりあえず合点した。
きょうの結論として、西方のおのぼりさんたちを受ける江戸側としては、
頭(かしら)格--------〔木賊〕の今助
頭格助役(すけやく)---〔愛宕下(あたごした)の伸太郎(しんたろう 32歳)
書役(しょやく)-------〔音羽〕の儀右衛門(ぎえもん 20歳)
連絡(つなぎ)役------〔番場(ばんば)〕の五左次(いさじ 22歳)
同 助役-------お乃舞(のぶ 23歳)
後見役-------------〔箱根屋〕の権七(こんしち 50歳)
同 {音羽〕のお多美(41歳)
同 〔耳より〕の紋次
昼餉(ひるげ)をとり、席料を払い、満足しておひらきとなり、散った。
権七は、みんなにあいさつし、隣りの船宿〔黒舟〕へ一度入ってから、一同が散ったのを見すまし、〔季四〕へ戻った。
「長谷川さま。ひとつ、気がかりなことがあります」
「ほう---?」
「お乃舞さんは、お勝さんの、なに、でしたよね」
「京都以来だから、あっちも、かれこれ10年になるな。お乃舞がどうかしたかな?」
別の座敷の昼客を送った里貴(りき 38歳)が入ってきた。
「成果はありましたか?」
「若い者たちだけに、考えが柔かく、いいたいことをいいきったので大満足のようであった。礼をいう」
「〔黒舟〕さんもお手数でした」
「板元ですから---」
「いま、権さんが、お乃舞のことで、なにか、気になることがあるらしい」
「いえ、ちょっと---」
「なにかしら?」
いいよどんでいた権七が、
「〔馬場〕の跡継ぎ---五左次どんといいましたか。あの若衆がお乃舞さんに一と目惚れしたようで---」
「あら---いいじゃないですか」
五左次を好ましくおもっている里貴は、身内の甥iのことでもあるかのように嬉しがった。
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コメント
8年つづいた〔化粧読みうり〕江戸板だが、「16歳のむすめざかりであったおんなは、いまでは24歳---子の2人や3人もかかえているが、それでも美しくありたいという気持ちは持ち続けてい」という〔木賊〕の今助(35歳)も成長したものです。
「20代から30代の戻り美人を狙った[化粧読みうり」という案を出すまでにも成長しています。
いや、〔化粧読みうり〕にかかわった者全員が8年という暦の年月以上に成長しています。
これは、田沼時代の若者の成長小説といっていいのかも知れませんね。
投稿: 文くばりの丈太 | 2011.05.28 05:29
「雑誌は読者とともに齢をとる」というのが、出版界の常識だときいたことがあります。
「ブログは、アクセサーとともに齢をとる」といい代え、自戒しています。
まあ、平蔵も齢を重ねてはいますが。
投稿: ちゅうすけ | 2011.05.28 16:59